秘密のschooldays
横尾先生
ゴールデンウイーク中は、通学の電車も空いていて、いつもの不快な感じはない。代わりに、いかにも行楽へ行くと思しき家族連れや若者たちの中で、一人制服を着て乗車するのは、ちょっと肩身が狭い感じがした。
駅へ着くと改札を潜る。すると、前方をスーツ姿の人が歩いているのを見つけた。少し猫背気味に歩いていて、折角のスーツが勿体無いその人は、崎谷先生だった。駅のロータリーを抜けて学校の方向へ伸びる道の先の交差点で、赤信号に捕まって、沙耶は先生に追いついてしまった。
「…おはようございます」
「おお、なんだ、岡本か。今の電車?」
「いえ、どうでしょう、先生とは一本違うかも」
一緒の電車だったら、改札で会ってもよさそうなものだ。少し前を歩いていたのだから、沙耶の電車がホームに入ったときに、丁度出て行った反対行きの列車なんじゃないかと思う。
電車の車内を思い出すと、先生のスーツ姿も、行楽に浮かれた車内からは少し浮いていたんじゃないかと思う。それが、少し申し訳ない。
「…すみません、先生。私の為に……」
「あ? なんだ、気にすんな。他にも仕事があるから、どのみち学校には来なきゃならんからな」
「そうなんですか?」
特に沙耶の気がかりを払拭してくれようという感じは受けなかったので、先生というのは結構大変なものなんだと思った。学生が休みを満喫している間にも、仕事が待っているのだ。
…少し、沙耶の心が軽くなる。自分の為だけに学校に来て貰っているのだとしたら、やっぱり申し訳ない気持ちは抱えてしまうだろう。
「昨日出した課題、やってきたか?」
「あ、ハイ。…一応」
「ちゃんと時間かけて、見直ししたか?」
「はい、しました」
そうか、と先生は笑って、そうして沙耶の頭をぽんと撫でた。
先生の方が、十五センチほど背が高い。上から乗せられた手のひらが、意外に重たくてびっくりする。手が大きいか、沙耶の手よりも厚みがあるのかもしれない。
信号が青に変わって、二人並んで横断歩道を渡る。並んでといっても、先生と生徒が対等に並んで歩くのもなんだかおかしな話だ。沙耶は一歩引いた距離で歩いていた。
「岡本は、家ではゴールデンウイークの予定はあったのか?」
先生が少し振り向いて聞いてくれる。東の空の陽の光を浴びて、髪の毛に光の粉が舞うようだった。
「あ、いえ、特には。…姉が、もう旅行の予定を立ててしまっていたので、家族では、特に」
「そうか」
先生が、前を向いたまま応えている。沙耶が、なんだろうと思う間もなく、先生は次の言葉を継いだ。
「じゃあ、時間中に問題集を八割解けたら、先生がジュースをおごってやる」
笑いながら言う、その言葉には、家族との時間を割いて来ている沙耶を思う気持ちが、きっと篭っていただろう。
「えー? ジュースですか? どうせなら、プリンとかが良いです」
「阿呆。ゴールデンウイーク中は、売店のおばちゃんは休みだ」
「そっか」
眩しい日差しの中、二人笑いながら歩いていく。補習の為の登校だというのに、沙耶の心には重りは全くなかった。