余命38日、きみに明日をあげる。
「何年も修行をして、一人前になるまではbonheurは渡さんぞ」
「だからわかってるって」
しつこいくらいに念押しする父さん。ふたりして顔を見合わせて笑った。
「そうと決まれば、練習だ」
「練習?」
「そうだ」
父さんは腰を上げた。
あまりの急な話に圧倒される。
「え、マジで?」
「なにが作りたい」
「……そうだな……ガトーショコラ……?」
疑問形になったのは、父さんの反応が気になったから。
父さんが一番好きなお菓子が、ガトーショコラなのだ。
「よし、わかった」
嬉しそうに笑った父さんはその足で店に材料を取りに行った。
そのフットワークの軽さに面食らいながらも、父さんらしいと懐かしく思った。
その夜俺は、父さんと家のキッチンでガトーショコラを作った。
久しぶりに肩を並べれば、いつの間にか父さんの背を抜かしていたことを知った。
背こそ伸びたが、まるで、あの頃となにも変わらない。
あの頃、カウンター越しでニコニコと笑いながら俺たちを見ていた莉緒が、そこにいるような気がした。