歴戦の勇者~IT業界の裏話~

 上司が社長を連れて会議室に入ってきた。

 状況報告がされている。
 社長は状況を把握していたわけではなさそうだ。

 社長の顔がみるみる険しくなっていきます。
 今日社長が来たのは、とある人物との打ち合わせなのですが、状況が打ち合わせを行う事を許してくれません。

 状況はわかりました。
 最悪の状況の中から、チームで成し遂げた事を、無視した上に、無にして、さらに新しい業務を上乗せしてくれたようです。

 わかります。営業は、赤字をなんとかしよとしたのでしょう。
 自分たちの蒔いた種を自分たちでなんとかしたかったのでしょう。先に言ってくれれば、全力止めました。

 確かに、見た目上の赤字は埋まったようです。
 営業部が主導してやったのは、ここで作られていたソフトウェアをパッケージにして売り出すという暴挙です。

 確かに、点数計算部分やそれに類する部分は”共通”です。違う解釈が会ってはならないはずです。
 しかし、現状が違うのは誰もが認識している事です。それを、有名な大学を優秀な成績でご卒業した優秀な営業が主体となって、開発に確認をしないで動いてくれたようです。

 最悪な事に、その口車に乗った新興の施設が見つかってしまって、半分を前金で貰ってしまったようなのです。

「社長。この部隊を半分に分けろと言っていますが、そんな事を許可するつもりですか?」
「許可も何も・・・。そんな話は、こちらには上がってきていませんよ?」
「営業の担当は、社長の許可済みだと言っています」
「そんなはずはない。そもそも、パッケージの話も今日始めて聞いた」
「本当ですか?」
「本当だ」

 社長は全面的に否定してくれましたが、何一つ解決していないのは間違いないのです。
 営業が勝手にやったことだとしても、動き始めてしまったプロジェクトは処理しなければなりません。

 上司と社長は、状況確認と説明をして、営業を呼び出して話を聞くことになったのです。
 現場では引き続き作業を進める事になりました。


 数時間後に、今日は解散という連絡が入りました。
 明日、営業2名(上司と馬鹿)と上司と施設のボスと話をする事になったようです。現場へ説明は、15時から行われる事に決まったようです。

 翌日現場に行くと、朝から真っ青なかおで出社してきて、作業をモクモクとこなしている人物がいました。6月に結婚式を執り行う予定の人物なのです。実は、昨日社長が来たのも、彼にお祝いを言いに来たのと、出席のお願いをした所社長が現場に来てくれる事になったのです。彼も毎年の事なので、4月は避けて何か問題があった時に対応する可能性がある5月の結婚式もさけ、暇になる6月に結婚式を行う事にしていたのです。奥さんになる人は、純粋に 6月の結婚式を喜んでいたらしいのですが、実際には6月が一番早く結婚式を挙げられる日取りだっただけなのです。
 奥さんになる人もこの業界の人なので、状況はある程度はわかっているようですが、この現場の人ではありません。
 状況の説明をして、どうなるかわからない事だけは伝えたそうなのです。

 運営の15時になりました。
 その間、現場は静寂が支配していました。

 上司とボスが現れました。
 営業は帰ったようです。正確には、帰したようです。この場に居ると、殺しかねないというのが、上司とボスの意見でした。
 顔は笑っていましたが、目は笑っていませんでした。

 どうやら、パッケージの話も、前金の話も、独断で動いたようで、営業部の上司も知らなかったようです。
 そして、最悪なのは前金を会社の口座に黙って入金させていた事なのです。そんな事をしてなんになるかと思ったのだが、本人はこれで赤字がなくなると思ったようです。
 社長と営業部のトップは、パッケージの話をした会社に状況説明に行っています。どうやら、あちらはあちらでなにか問題が有ったようですが、現場には直接関係は無いようです。
 パッケージの話は止める事ができそうだという事で、皆が最悪の状況が回避されたかと思いました。

 ただ、一つだけ問題が残されてしまったようなのです。
 営業の人間が、パッケージの件を持ち出す前に行っていたのは、この現場の営業です。

 大きなシステムでは、複数の会社が絡んでいる場合が多くあります。
 この現場でも数社が絡んでいます。

 営業は、仕様変更の依頼を現場に伝えない状態で放置して居たようなのです。
 それが捲れてしまったのです。めくれただけなら良かったのですが、内容が最悪だったのです。

 すべてのデータを攫って特定条件下で検索をかけた状態のデータを1件も取り残さずに提出する。

 とある役所からの命令なのです。
 上記の指示だけなら、プログラムをちゃっちゃと書いてしまえばいいのですが、付帯条件がひどい。『1件の取りこぼしが無いことを証明せよ』までつけられている。
 そして、該当データが考えただけで、4,000件×10億件あるのです。その中から、1件の取りこぼしもない事を証明するのはほぼ不可能です。プログラムの説明だけで良いかとも思うのですが、お役人が見て納得するのが条件なのだという事です。

 そして、この作業が6月中旬までなのです。

 これをやらないと役所から怒られるだけではなく最悪の場合は、行政指導が入る事が考えられます。
 そうなったら、また作業が遅れる上に余計な仕事が増えます。
 赤字を気にしてもしょうがないのですが、会社が傾くには十分な金額が必要になってしまうでしょう。すでに契約が結ばれています。それを、営業が勝手にやったからでは断れません。その上万が一行政指導が入った場合には、その間の休業補償はしなくていいのかも知れませんが、システム改修費用や、他の会社への支払は負担しなければならなくなります。

 なんとかしなければならないのです。
 これは確定事項なのです。

 無理難題。理不尽。
 いろんな言葉が出てきますが、もう無駄なのです。他の会社にはできません。

 ボスが理解ある人で助かりました。
 他の業務は一時的にストップしても構わないと口約束ですがしてくれました。それに、他の業務は概ね終わっています。

 スケジュールが発表されます。
 すごく人道的な内容です。絶望しか見えてきません。

 朝は、9時出社で問題はないようです。帰りは、終電で帰る事が確定しそうな分量です。それもそのはずです。この仕事は、減らされる前の人員で4ヶ月かかる想定なのです。それを、2ヶ月・・・。実質的には1ヶ月半で、半分の人員で行うのです。スケジュールがかなり優しめになっていることにびっくりしました。
 それもそのはずです。6月中旬に提出期限だと言われている物を、7月末まで行う予定なのです。
 上司は説明してくれました。役所から来ている書類を読むと、問題がありそうな状況だと、役所に行って説明する事になるそうです。それを積極的に使う事にしたようです。営業と上司が役所に説明に行くことで時間を稼いで、その間にデータの精査や証拠集めをするのです。危ない橋を最初から渡るつもりで居るようです。
 それだけ切羽詰まっている状況なのです。

 しかし・・・。

 上司は、忘れていました。
 6月に結婚式が執り行われる事を・・・。

 ボスは失念していました。
 その結婚式の仲人が自分だという事を・・・。

 そして、現場の人間は忘れていました。
 6月中旬の結婚式には、この現場の7割が出席する事になっている事を・・・。

 そして、そのデータ周りの仕事をしている人間は、話を聞いて青くなっています。
 今朝から青かった顔が今では白に近い色になっています。この現場で、該当データに詳しいのは、6月中旬に結婚式を予定している人物なのです。

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