君のブレスが切れるまで
 急にそんなことを言われて、私としてはすごく困った。今の生活費や交通費は、雨がすべて出してくれている。家具を買うにしても、迂闊に高いものを選んだりはできない。
 私では荷が重すぎると、一旦割り箸を置いて両手を胸の前で振る。


「ほ、ほら……雨の実家とかにあるものとか! そういうの買えばいいんだと思うよ!」
「……ベッドと本棚と机?」
「それ、雨の部屋にあるものじゃ……」
「……とにかくテーブルは買う。奏が不便でしょう?」
「い、いやいや! そんなことないよ⁉ 床で食べるのも悪くないかなー!」


 失言だったかもしれない、私は慌てて取り繕った。


 そういえば、雨のことについて話したことはない。
 一体、雨って何者なんだろう。
 感情だけが抜け落ちてるような、まるで常に仮面を被っているかのように表情が変わらない。


「奏、また何か考えてる?」
「あ、ごめん……」


 箸を置いたまま固まっていたからか、彼女から指摘を受ける。もし私の考えを読んでいて喋らないのなら、雨にとって聞いてほしくない言葉なのかもしれない。


「顔が強張ってるわ。何か聞きたいことがあるの?」
「え……」


 これは私が言ってもらいたいセリフだった。
 でも、それを聞いていいのかわからない。雨が表情を崩さないのには何か理由があって、それを聞くことにより、雨は無理して表情を作るかもしれない。
 できれば極力、彼女の迷惑になることはやりたくないのだ。
 だから今はまだ――


「明日、家具見に行こう? 雨の気に入る家具があるかもしれないし」


 聞かない。いつか、もっと仲良くなってからでもいい。その時に聞いてみよう。


「奏が誘ってくれるのなら喜んで」


 雨はそう言ってくれたが、その言葉とは裏腹に彼女の表情は一切変わらないままであった。


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