君のブレスが切れるまで
「えへ……えへへへ……」


 私の両手があやかの足を掴む。一気に起き上がると同時に足を持ち上げ、女を転倒させた。
 鬼の形相は更に赤くなり、まるで悪魔のように醜悪。


「てめぇ……っ!」


 女はすぐに起き上がると、怒りに任せたように私の左顔面へ拳を叩きつけてきた。


「あぐっ……ぐ……ん……ふふ、ふふふ」


 鈍い音と共に脳が揺れるのを感じる。精神まで汚染されそうな嫌な気分だけど、今度は倒れない。
 心にまで伝わってくる殺意、この人は私をどうして痛めつけたいんだろう。どう考えても理解ができない、きっと私とは考え方が違う。この人とわかりあえる手立てなんてないのだ。


「うっ……く……」


 ふらつく頭、その右頭部を空いている手で支える。
 体が軋む。いくら精神と肉体が分離しているとは言えども、これは私の錯覚に過ぎない。体が意識を失えば、この精神だって保っていられない。
 逃げなきゃ、私みたいなのが殴り合って勝てる相手ではないんだから。


「っ⁉ 待て、こらっ!」


 踵を返して、ビルとビルの細い路地を走っていく。捕まれば、もう逃げられない。目の前のゴミ箱を倒し、あやかの進路を塞ぐ。


「チッ、こんなんで逃げられると思ってんの? あぁ⁉」


 怒号のような声、だけど振り向いたりしない。速度が落ちるのは避けたい、全力で大通りまで走るんだ。
 だけど、大通りへ出る瞬間に後ろ髪を引っ張られる。


「あぅぅ! ……くっ!」
「……! この!」


 その腕を振り返りながら右手で力いっぱい振り払うと、上手く振りほどくことに成功する。
 だけど、まだだ。まだ逃げないと!
 路地を抜け、大通りへと出ると、これ以上追われないよう私は何車線もある道路へと飛び出した。


 その時だった。


 タイヤと地面が擦れ合う甲高いスキール音が鳴り響き、乗用車が私を。
 いや、後ろから迫っていた女を――


 ――撥ね飛ばした。



< 153 / 270 >

この作品をシェア

pagetop