君のブレスが切れるまで
「ねぇ、雨」
「どうしたの?」


 ここからでは見えないが多分ココアの分量を量りながら、返答してくれる。
 クリスマス後に雨のことはわかるんだろうけど、少しくらい聞いてもいいよね?


「雨は小さい頃、どんな感じの子だったの?」


 そう聞くと少しの沈黙。
 雨は思い出そうとしているのか、それとも話したくないのか。私にはそれが掴めなくて、なんとなく緊張で固唾を飲む。
 ココアをスプーンで混ぜる際に鳴る、カップに当たった時の甲高い音が静寂を払い、彼女が話し始めてくれた。


「目まぐるしい毎日で、とても忙しかったわ」


 たったそれだけの言葉。その後、私のところへ戻ってきてココアをテーブルに置いてくれる。
 温かいココア。私は感謝の言葉を伝えると彼女は頷き、そのまま対面へと着席した。


 言葉の意味を捉えるにはまだ情報が少ない。遊びで忙しい、勉強で忙しい、交友関係で忙しいなど、私は自分の子どもの時の頃を思い浮かべながら考える。
 けど、彼女は私と違いとても不思議な子だ。子どもの頃、どんなことで忙しかったのかは検討もつかない。


「両親に連れられて、あちこち飛び回っていたから……」
「あ……そっか」


 そういえば雨の両親って多忙な人たちだっけ。どれだけ忙しい人たちなのかはわからないけど、転勤とかが多かったのかな? それが小さい頃だというのなら、尚更忙しいというのも納得だ。
 ……あれ、飛び回っていた? 


「もしかして、雨って海外に行ったことあるの?」
「ええ、少しの間、暮らしていたわね」
「行ったことがあるだけじゃなくて、暮らしてた⁉」


 素っ頓狂な声をあげる。
 日本各地を転々としてたのかなと思ってたら、海外で暮らしていた! 普通の転勤族の人だって忙しいはずなのに、雨は私の想像を越え、世界を転々していたということになる。更に私にとって海外暮らしというのに馴染みがない。私の顔は驚愕の表情を隠せていなかっただろう。
 本当にどうして、そんな子が私なんかの側にいてくれるのか。未だに理解は追いつかない。


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