君のブレスが切れるまで
 記憶を辿っていく。あの頃の私たちはお世辞にも仲がいいとは言えない、むしろ逆だった。
 私は彼女に失礼なことばかりして、雨からしてみればとんでもない子だっただろう。それでも、雨は私を見捨てないでいてくれた。
 時間が経つにつれ仲良くなったのはいいけど、私自身は何も変わっていない。彼女に何か恩返しをしたいと思っても、未だまともなことはできていない。それに、できたとしても雨はそれ以上を返してくれる。
 それでも何かしたい、だから今日はプレゼントを渡すのだ。
 普通でいい、気持ちを込めて普通に彼女へ渡そう。


「あ、雨だ!」


 本当に彼女かは定かではないけれど、赤い傘を差した人がこのマンションの通りを歩いてきているのが見えた。


「おーい!」


 流石に子どもっぽいかな? 年甲斐もなく、手を振ると傘を差した人物も上を見上げてくれる。
 よかった、雨だ。これで間違っていたら、恥ずかしくて寝込んでしまう。


「くしゅっ! あぅ……はなびずが……風邪引いたりしたらだいへん……」


 私は雨に向かってもう一度軽く手を振るとリビングへと戻り、鼻をかむ。
 どうしよう、渡すと考えるとなぜかすごく緊張してきた。
 胸に手を当て落ち着かせようと頑張ってみるが、頑張ったところで意識してしまうのは当たり前。そもそも、どう頑張っても心臓が止められないように、落ち着かせるなんて無理がある!
 そんな悠長なことを考えている間に玄関からガチャリと音が聞こえ、


「ただいま」


 雨が帰ってきてしまう。彼女がリビングに来るまでは数秒と言ったところ、もう覚悟を決めなければいけない。
 ――だが。


「……?」


 数秒どころか、数十秒してもこちらへ来る様子がない。一体、どうしたんだろう?
 私は不思議に思い、玄関へ続く扉を開けると、


「…………」


 玄関の扉の方を向いたまま、座っている雨が傘を見つめていた。


「雨、おかえり。どうかしたの?」
「……奏。傘が壊れてしまったの」


 そう言って、いつも使っていた傘を私に手渡してくれるが――


「あれ、持ち手が……」


 持ち手の半分ほどから、ポッキリと折れてしまっている。
 この傘はかなり古いものみたいで錆もあったし、この強風なら折れてしまうのも頷けた。寿命だったのだろう。


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