君のブレスが切れるまで
 懐かしい夢だ。以前にもこの夢を見たことがある。
 ずぶ濡れの女の子に傘を掲げる少女。この子の名前を私は知っている。
 この子は――


『ねぇねぇ、友達になろうよ! わたしの名前は奏っていうの!』


 私だったんだ。


『…………』
『むぅー……ねぇってば! ねぇ! お名前教えてよー!』


 私はこのずぶ濡れの女の子の名前も知っている。


『……何のつもりなの? 私は死ぬつもりなのだけど』
『えぇ⁉ だ、ダメだよ死んだりしちゃ!』
『なぜ?』
『なぜ……って、お父さんもお母さんも悲しむよ?』
『私が死んだところで二人は悲しまないわ』
『どうして? きっと悲しむよ』
『私にはわかる。誰も悲しんでなんかくれない、もういいの』
『……わたしは悲しいよ。死んじゃ嫌だよ』


 ポロポロと小さな私が泣き始める。


『どうして泣くの? 意味がわからないわ』
『悲しいからだよ……だから、死んじゃいや! ぜったいダメ!』
『……なぜ悲しいの。貴女と私は何も接点なんてないはず。今日初めて会ったばかりなのよ』
『でも、もうお話したからお友達でしょ?』
『名前も知らないのに、友達なわけ――』
『私は教えた! 後はあなただけだよ!』
『…………雨』


 ああ、やっぱり。やっぱり雨だったんだ。


『あめ? 雨ちゃん! 今日は雨の日、雨ちゃんの日だー!』
『…………』
『えへへーわたしは奏だよ! んーとね、音楽を奏でるって書いて奏! お漢字は書けないけどママから聞いて……あ、もうお家に帰らなきゃ行けない時間だった!』
『そう、さよなら』
『うん、さようならー!』


 そういって小さな私は線路沿いから、道路へと走っていくが……またすぐに戻ってきた。


『ねぇ、雨ちゃん。雨ちゃんが死んじゃったりしたら、わたし悲しむからね! ダメだからね!』
『そんなことを言う為に戻ってきたの?』
『んーん! はい、これ!』


 小さな私は、ずぶ濡れの少女へとキャラクターが多数プリントしてある黄色い傘を差し出した。


『お友達だから! 風邪コンコンしたらきついから、あげる!』
『死んだら風邪なんか引かないわ』
『うぅぅぅ! うわあああああぁぁぁぁん!』
『な、なに?』


 けたたましい叫び声をあげながら、小さな私は大きな口を開け、泣き始めた。


『雨ちゃん死んじゃやだよぉぉぉ! うぅぅあぁぁぁん!』
『わかった……わかったから、もうやめるから』
『ふぇ……ふぅぅ! わぁぁい!』


 先程の涙はどこにいったのだろうと言うほど、満面の笑みを見せる。
 そしてまたしても傘を差し出し、今度は無理やり持たせる。


『それじゃあ、またね! ばいばーい!』
『……』


 小さな雨は無言のまま手を振り返すと、帰っていく小さな私の背中を眺めている。
 顔は無表情のまま変わらなかったけど、黄色いその傘を大事そうに抱きしめていた。


 §


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