君のブレスが切れるまで
第30話 好きなもの
2018年 4月 中旬
このところ、休みの日になると雨が朝早くから外出することが多くなっていた。起きた頃には置き手紙がテーブルの上に残されていて、いつ外へ出かけたのかわからない。
雨はいつの間にか後ろに立っていたりと気配を隠すのが上手。いや……私が気づいてないだけだろうけど、気配を察知するなんて芸当は私にはできないのだ。
そこにいるな! なんて言って、振り返りもしたことはあるけどそういう時に限って雨は特に何もしてなくて「何しているの?」と返すばかり。
私だけが恥ずかしい思いをすることは多かった。だから、それからは慎ましくしているつもりだけど、そうなると雨がいつの間にかいたり――
「そこにいるなっ!」
私は置き手紙を見た後、振り返る。けど、虚しくリビングに私の声が響くだけで雨の姿はなかった。
私は一つ咳払いをし、安堵する。
「よ、よし……今は一人だから恥ずかしくないもんね」
その途端、ガチャリとリビングの扉が開いた。
「ひゃっ!」
「奏、帰ったわ。何か叫んでいたみたいだけど……どうかしたの?」
「い、いや……別にぃ?」
わざとらしく顔を背け、口笛で誤魔化す。が雨は的確に、
「そう。まぁ、後ろに私がいると思って振り向きながら叫んでいたのでしょうけど……」
「なんでわかるかな⁉」
私の行動を言い当てる。やっぱり心が読めるに違いない、さっきはわかりやすい表情をしていたかもしれないけど、完璧に言い当てられるなんて。
「帰ってきた時に『そこにいるな』って大きな声が聞こえたから」
「うっ……心を読まれてるとかじゃなかった……く、悔しい……。それより帰ってきたんだったらただいまくらい言ってよー」
「言ったわ。奏の声でかき消されたみたいだけど」
「私のせいだったー⁉」
そんな他愛もない話をしていると、彼女の手に何か小さな紙袋が握られていた。何かを買ってきたようだけど。
雨は私の視線に気づいたのか、それについて話をしてくれる。
「駅前でクッキーを買ったの。せっかく外へ出たのに何も買わずに帰っては味気ないでしょう? 良ければ一緒にティータイムでもどうかしら?」
「さすが雨! 今ちょうど甘いものが食べたかったんだー!」
「それならよかった。すぐに飲み物を淹れるわ」
「あー待って待って。雨は帰ってきたばかりなんだからゆっくりしてて、私がするから!」
そういって私はすぐにキッチンの方へと足を進める。雨は「それじゃお願い」とだけ言ってくれて私に仕事を任せてくれた。
「今日もブラックコーヒーでいいの?」
「ええ」
雨は挽きたてのコーヒーを飲むのかと思っていたけど、あまりこだわりはしないみたい。だから作るのはインスタントのコーヒー。
コーヒーの苦味が苦手な私にとって、挽きたてだろうがインスタントだろうが味ははっきり言ってわからない。砂糖とミルクを入れればかろうじて飲めるけど、子ども舌な私には甘いココアがちょうどいい。
ただ雨は私が淹れた時だけはとても嬉しそうに飲んでくれている気がする。無表情の奥を読むのは難しいけれど、そんな気がするのだ。
もし雨が挽きたての方がいい、というのならインスタントをやめて次からは挽きたてを作ってあげたいところだけど。
キッチンからチラリと雨の様子を見る。テーブルに座っていた雨と目があってしまい、慌てて視線を逸らす。
「どうかした?」
「あ、うん……雨って挽きたてのコーヒーとインスタントはどっちがいいのかなって」
「どちらもあまり気にはしないわ。強いて言うなら奏が淹れてくれたものが一番ね」
「そ、そんなことを聞いてるんじゃないし!」
ああ、もう……雨と話すと自分のペースへと持ち込めない。だけど、この心地良い感じは大好きだ。そう言ってくれるだけで私は頬を緩ませてしまう。
「そういえば、奏は好きなものとかないのかしら?」
「ん? んー……好きなものかぁ。甘い物ならなんでも好きだけど」
「よく外でスイーツを食べているものね」
「あーあー! 聞こえない、太るって言われても聞こえない振りするからー!」
「そんなこと言わないわ。奏は痩せているもの」
「雨に言われるとなんだかなぁ……」
背は高いわけじゃなくモデル体型ではないけど、雨のスタイルはとてもいいと私は思っている。
世の中にはまるで骨と皮だけのような感じで痩せている人はいるけど、やっぱり健康そうには見えない。暴力を受けてしまえばすぐに骨が折れてしまいそうで怖くなるのだ。
あまり食事を摂れなかった私は段々とそちらの方へ近づいていたけど、雨と一緒に暮らし始めて少しふくよかになってきている。太っているんじゃなくて、あくまでふくよかに……だ。
「食べ物以外だと他には?」
続いて今度はそう聞かれる。私のことを知りたいと思ってくれているのは素直に嬉しくて、なんでも話してしまいそうになる。ううん、なんでも話していい。聞かれればなんでも答えられる。
「基本的に可愛いものならなんでも好きかな。キーホルダーとか、ぬいぐるみとか、ちょっと子どもっぽい?」
「いいえ、そんなことないわ。奏らしい」
「奏らしいって……それどういう意味かなぁー?」
「子どもっぽいってことかしら」
「むぅぅぅぅ! さっきはそんなことないって言ったくせにー! コーヒーにミルクと砂糖マシマシにしてやるー!」
「冗談よ。でも、奏が味付けしてくれるならなんでも美味しく飲めると思うわ」
「うぅ、なんで雨には口で勝てないの……」
そんな談笑を楽しみながら、私は予定通りブラックコーヒーとココアを作り上げ、昼食前のティータイムを楽しむこととなった。
それにしても雨は休みの日に出かけて何をやっていたんだろうか? それに気がつくのは、もう少し後になってからだった。
このところ、休みの日になると雨が朝早くから外出することが多くなっていた。起きた頃には置き手紙がテーブルの上に残されていて、いつ外へ出かけたのかわからない。
雨はいつの間にか後ろに立っていたりと気配を隠すのが上手。いや……私が気づいてないだけだろうけど、気配を察知するなんて芸当は私にはできないのだ。
そこにいるな! なんて言って、振り返りもしたことはあるけどそういう時に限って雨は特に何もしてなくて「何しているの?」と返すばかり。
私だけが恥ずかしい思いをすることは多かった。だから、それからは慎ましくしているつもりだけど、そうなると雨がいつの間にかいたり――
「そこにいるなっ!」
私は置き手紙を見た後、振り返る。けど、虚しくリビングに私の声が響くだけで雨の姿はなかった。
私は一つ咳払いをし、安堵する。
「よ、よし……今は一人だから恥ずかしくないもんね」
その途端、ガチャリとリビングの扉が開いた。
「ひゃっ!」
「奏、帰ったわ。何か叫んでいたみたいだけど……どうかしたの?」
「い、いや……別にぃ?」
わざとらしく顔を背け、口笛で誤魔化す。が雨は的確に、
「そう。まぁ、後ろに私がいると思って振り向きながら叫んでいたのでしょうけど……」
「なんでわかるかな⁉」
私の行動を言い当てる。やっぱり心が読めるに違いない、さっきはわかりやすい表情をしていたかもしれないけど、完璧に言い当てられるなんて。
「帰ってきた時に『そこにいるな』って大きな声が聞こえたから」
「うっ……心を読まれてるとかじゃなかった……く、悔しい……。それより帰ってきたんだったらただいまくらい言ってよー」
「言ったわ。奏の声でかき消されたみたいだけど」
「私のせいだったー⁉」
そんな他愛もない話をしていると、彼女の手に何か小さな紙袋が握られていた。何かを買ってきたようだけど。
雨は私の視線に気づいたのか、それについて話をしてくれる。
「駅前でクッキーを買ったの。せっかく外へ出たのに何も買わずに帰っては味気ないでしょう? 良ければ一緒にティータイムでもどうかしら?」
「さすが雨! 今ちょうど甘いものが食べたかったんだー!」
「それならよかった。すぐに飲み物を淹れるわ」
「あー待って待って。雨は帰ってきたばかりなんだからゆっくりしてて、私がするから!」
そういって私はすぐにキッチンの方へと足を進める。雨は「それじゃお願い」とだけ言ってくれて私に仕事を任せてくれた。
「今日もブラックコーヒーでいいの?」
「ええ」
雨は挽きたてのコーヒーを飲むのかと思っていたけど、あまりこだわりはしないみたい。だから作るのはインスタントのコーヒー。
コーヒーの苦味が苦手な私にとって、挽きたてだろうがインスタントだろうが味ははっきり言ってわからない。砂糖とミルクを入れればかろうじて飲めるけど、子ども舌な私には甘いココアがちょうどいい。
ただ雨は私が淹れた時だけはとても嬉しそうに飲んでくれている気がする。無表情の奥を読むのは難しいけれど、そんな気がするのだ。
もし雨が挽きたての方がいい、というのならインスタントをやめて次からは挽きたてを作ってあげたいところだけど。
キッチンからチラリと雨の様子を見る。テーブルに座っていた雨と目があってしまい、慌てて視線を逸らす。
「どうかした?」
「あ、うん……雨って挽きたてのコーヒーとインスタントはどっちがいいのかなって」
「どちらもあまり気にはしないわ。強いて言うなら奏が淹れてくれたものが一番ね」
「そ、そんなことを聞いてるんじゃないし!」
ああ、もう……雨と話すと自分のペースへと持ち込めない。だけど、この心地良い感じは大好きだ。そう言ってくれるだけで私は頬を緩ませてしまう。
「そういえば、奏は好きなものとかないのかしら?」
「ん? んー……好きなものかぁ。甘い物ならなんでも好きだけど」
「よく外でスイーツを食べているものね」
「あーあー! 聞こえない、太るって言われても聞こえない振りするからー!」
「そんなこと言わないわ。奏は痩せているもの」
「雨に言われるとなんだかなぁ……」
背は高いわけじゃなくモデル体型ではないけど、雨のスタイルはとてもいいと私は思っている。
世の中にはまるで骨と皮だけのような感じで痩せている人はいるけど、やっぱり健康そうには見えない。暴力を受けてしまえばすぐに骨が折れてしまいそうで怖くなるのだ。
あまり食事を摂れなかった私は段々とそちらの方へ近づいていたけど、雨と一緒に暮らし始めて少しふくよかになってきている。太っているんじゃなくて、あくまでふくよかに……だ。
「食べ物以外だと他には?」
続いて今度はそう聞かれる。私のことを知りたいと思ってくれているのは素直に嬉しくて、なんでも話してしまいそうになる。ううん、なんでも話していい。聞かれればなんでも答えられる。
「基本的に可愛いものならなんでも好きかな。キーホルダーとか、ぬいぐるみとか、ちょっと子どもっぽい?」
「いいえ、そんなことないわ。奏らしい」
「奏らしいって……それどういう意味かなぁー?」
「子どもっぽいってことかしら」
「むぅぅぅぅ! さっきはそんなことないって言ったくせにー! コーヒーにミルクと砂糖マシマシにしてやるー!」
「冗談よ。でも、奏が味付けしてくれるならなんでも美味しく飲めると思うわ」
「うぅ、なんで雨には口で勝てないの……」
そんな談笑を楽しみながら、私は予定通りブラックコーヒーとココアを作り上げ、昼食前のティータイムを楽しむこととなった。
それにしても雨は休みの日に出かけて何をやっていたんだろうか? それに気がつくのは、もう少し後になってからだった。