君のブレスが切れるまで
第33話 最新のゲーム
様々なアトラクションに乗ったけど、雨を笑顔にさせることはできなかった。空は夕暮れへと移り変わり、彼女の言ったように昼以降は曇り空が広がっていた。
私しかできないこと。私は本当に雨の表情を豊かにすることができるのだろうか。
長い目で見ていかなくちゃいけないことだっていうのはわかってるけど、少しだけ焦りを感じるのはどうしてなんだろう?
そんなことを考えながら、私は地図を眺めている雨の横顔を見た。
出会った頃から変わらない、彼女の顔は無機質で無表情のまま。そこから私だけが読み取れる感情は増えているはず。……はずなのに、どうしたらいいんだろう。
私の視線に気づいたのか、雨はこっちを向いてくれた。
「奏、どうかした?」
「あ、ううん。ゴールデンウィークだったのに、ほとんどのアトラクションを楽しめたなーって、これも雨の手際の良さと優先券のおかげだね!」
笑顔で私はそう雨へと告げる。けれど、雨はやっぱり表情を変えずに首を左右に振っていた。
「そんなことないわ。けれど、奏の役に立てたのなら嬉しいわね」
雨が言ってるのは本当のことだ、嬉しいって思ってくれてるのがわかる。
やっぱり今日だけじゃダメだ。もっと、もっと雨と一緒に楽しいことをする、明日も明後日も! ゴールデンウィークが終わってもいっぱい時間はあるんだから!
私は雨に肩を寄せながら、彼女が握っている地図の真ん中を指さした。
「ねぇ、ここ行こうよ! 優先券の時間がそろそろでしょ?」
「確か、このパークの一番人気施設よね。説明は……」
「世界最大級のバーチャル、自分の体の動きが連動して最大四人まで一緒に楽しめるロールプレイングゲームなんだって! 最後に出てくる魔神がすごく強いらしくて、全部クリアした人はまだ数えるほどしかいないとか!」
私は未だ経験したことがない未知のアトラクションに胸を躍らせてしまい、熱く力説し始めてしまった。けど、雨は引いたりなんかせずにちゃんと聞いてくれる。
「聞くだけでも面白そうね。奏がそこまで言うのならすごく楽しめそう」
「えへへ……でも、私はあんまり体力ないし運動神経もダメダメで、ゲームも苦手だから途中でやられちゃうかも」
「それでも私は奏と楽しめたらいいと思うわ。それに時間いっぱいまで挑戦できると書いてあるし、行けるところまで行ってみましょ」
「うん! ふっふっふ、雨は私が守っちゃうよー!」
なんてさっきまでと間逆なことを言っているが、気持ちは大事! そんな談笑をして私たちはパークの中央へと向かうことになる。
夕方だと言うのにとても人が多く、一番人気は伊達じゃなかった。優先券を使ったとしても入れるのはまだまだ先、これは大変だ。
「ちゃんと水分とっとかないと……はい、雨」
「ありがとう、楽しむ前に熱中症や脱水症状なんて陥ったら目も当てられないわね」
コクコクと喉を鳴らし、スポーツドリンクを飲んでいく雨。五月といえども、この人混みだと気温も上がる。お昼に比べればまだマシだけど、何回も飲み物は買いにいったくらいだ。
列は長く、まだまだ先と思っていたのに思ったより進みは早い。優先券って便利だなぁ、ちゃんと覚えておかないと。
「そう……こんな分野にも手を出してるのね」
「雨? どうかした?」
「いえ、ご苦労なことねと思っていたのよ」
「んー?」
雨が先程見ていた壁に貼ってある巨大なポスターに目を向けると、そこにはミヤノジョウグループの名前が書いてあった。
そっか、雨のとこの……。
「こんな感じで様々な分野に精通してるのよ、それは忙しいわけね」
「ミヤノジョウグループってすごいんだね、こんなとこでも名前を見るなんて……嫌な気持ちになった?」
「そんなことないわ、身の回りにいくらでもあるもの。このアトラクションも世界最大級のと謳っているくらいだから、関わってないほうが不思議よ」
「そ、そっか……」
雨の機嫌は少し悪くなったのかもしれない。どうでもいいとも思っているかもしれないけど、無表情の顔と声から読み取るのはかなりの困難を極める。
大丈夫かな? これじゃ笑顔にするどころか、楽しめるかも怪しい気がしたけどそれは杞憂だった。
「ごめんなさい、でも本当に大丈夫よ? 最後のアトラクションだから奏と楽しみたいわ」
「う、うん……」
ダメだ、ダメだ! 問題があるとすれば私の方だった! もっと他に気の利いたセリフを言えればよかったのに! 今から何かしら言うことができれば、少しは変わるかもしれない……けど。
残念ながら、すぐに私たちの番が来ることになった。
「こんばんはー! 二人パーティですかー?」
「え?」
その言葉と同時に雨は固まっていた。
普通はお二人ですか? と聞かれるところなのだろうけど、ここの係員さんは恐らくこのアトラクションに没頭してもらうため、この言葉がマニュアルで決まっているんだろう。
私は固まった雨に代わって慌てて返答する。
「は、はい! 二人パーティで組みます!」
すると係員さんはニッコリと笑ってくれて、私たちを先導してくれた。
「助かったわ、奏。二人パーティって言えばいいのね?」
「た、多分ここだけだから……」
本気で信じている雨に、私は困った顔を返す。
そして係員さんに案内してもらった場所。
とても広くて走り回れるくらいの大きさがあるけど、かなり薄暗い。
「何もない広い部屋だね……ここから始まるの?」
「そうみたいね」
「プレイ方法の説明はこの扉を閉められてから行われます! それではごゆっくり、そしてぜひ魔神を討伐してください!」
係員の人にそう言われ、部屋の扉が閉められると途端に中空に立体映像が現れた。
「うぇぇ……何これ、どうなってるの⁉ モニターとかないのに目の前にあるような感じ……」
「すごい技術ね。天井の機械が映し出しているようだけど……」
『よく来た。魔神を討伐する勇気ある者たちよ。さぁ、その手に一つ、武器を取るがいい』
大きなサウンドと共にその声が響き渡る。
そしてその瞬間、部屋の片隅には、四つの武器が照らし出された。
「これは……映像じゃないんだね。まぁ映像だったら持てないし、当たり前か……それにしてもどこから出てきたんだろう?」
「恐らく床が移動する仕掛けになっているのだと思うけど。それより奏、どの武器を選ぶの?」
現れた武器は四つ。
片手持ちができそうな剣とセットになった盾。
盾がない代わりに、片手剣よりも長いリーチを誇る刀。
リーチは短そうだけど、両手で攻撃を行えるであろう二つのグローブ。
そして魔法使いが持つような杖だ。
それぞれしっかりしているが、当たっても怪我をしないように柔らかい素材でできている。そしてスッポ抜け防止の紐までついてある。
「私は……そうだね。やっぱり魔法使いかな、援護とか回復とかしたいし!」
そう言って私は杖を手に取ると、杖の先から私の前へ使い方が表示される。
使い方はこうだ、赤いボタンを押しながら数秒後に魔法が展開され、杖の先を向けた方に魔法を飛ばせる。長い時間押し続ければ、それだけ強力な魔法が使えるみたいだけど、その分ヘイトが溜まるとのこと、ヘイトってなんだろう?
悩んでいると私の近くまで雨が来てくれて、その説明を覗いてくれた。
「魔法を溜めれば溜めるほど、憎しみが募るようね。狙われやすくなるんじゃないかしら?」
「え、えぇぇ? ま、まぁ……強力だから仕方ないのかなぁ?」
次の説明は青のボタン、これは回復のようだ。
攻撃に比べて発動までが長く設定してあるから、すぐには使えなさそう。それにヘイトも溜まるって書いてあるし。
「あ、あれ……魔法使いってかなり上級者向け武器とか……?」
「どうやらそうみたいね。変える?」
「いや……苦しい道を行ってこそだよ! 私は上級者の道を極めるんだから!」
「奏はチャレンジャーね。私は……そうね」
そういって雨は刀の元へ歩いていって、それを手に取った。
「それじゃ私も上級者向けの武器にするわね。敵の攻撃をいなせるようだけど……難しいらしいの」
「雨もまたチャレンジャーだねぇ……本当は私、ぬるく行きたかったり……」
「あ、私も決定を入れてしまったからもう変えられないわよ」
「わああああああああん! 私の優柔不断が発動した!」
そんな私の声が響き渡ると、まずは操作の練習的な意味でゴブリン? 的な魔物が立体映像で現れた。
私しかできないこと。私は本当に雨の表情を豊かにすることができるのだろうか。
長い目で見ていかなくちゃいけないことだっていうのはわかってるけど、少しだけ焦りを感じるのはどうしてなんだろう?
そんなことを考えながら、私は地図を眺めている雨の横顔を見た。
出会った頃から変わらない、彼女の顔は無機質で無表情のまま。そこから私だけが読み取れる感情は増えているはず。……はずなのに、どうしたらいいんだろう。
私の視線に気づいたのか、雨はこっちを向いてくれた。
「奏、どうかした?」
「あ、ううん。ゴールデンウィークだったのに、ほとんどのアトラクションを楽しめたなーって、これも雨の手際の良さと優先券のおかげだね!」
笑顔で私はそう雨へと告げる。けれど、雨はやっぱり表情を変えずに首を左右に振っていた。
「そんなことないわ。けれど、奏の役に立てたのなら嬉しいわね」
雨が言ってるのは本当のことだ、嬉しいって思ってくれてるのがわかる。
やっぱり今日だけじゃダメだ。もっと、もっと雨と一緒に楽しいことをする、明日も明後日も! ゴールデンウィークが終わってもいっぱい時間はあるんだから!
私は雨に肩を寄せながら、彼女が握っている地図の真ん中を指さした。
「ねぇ、ここ行こうよ! 優先券の時間がそろそろでしょ?」
「確か、このパークの一番人気施設よね。説明は……」
「世界最大級のバーチャル、自分の体の動きが連動して最大四人まで一緒に楽しめるロールプレイングゲームなんだって! 最後に出てくる魔神がすごく強いらしくて、全部クリアした人はまだ数えるほどしかいないとか!」
私は未だ経験したことがない未知のアトラクションに胸を躍らせてしまい、熱く力説し始めてしまった。けど、雨は引いたりなんかせずにちゃんと聞いてくれる。
「聞くだけでも面白そうね。奏がそこまで言うのならすごく楽しめそう」
「えへへ……でも、私はあんまり体力ないし運動神経もダメダメで、ゲームも苦手だから途中でやられちゃうかも」
「それでも私は奏と楽しめたらいいと思うわ。それに時間いっぱいまで挑戦できると書いてあるし、行けるところまで行ってみましょ」
「うん! ふっふっふ、雨は私が守っちゃうよー!」
なんてさっきまでと間逆なことを言っているが、気持ちは大事! そんな談笑をして私たちはパークの中央へと向かうことになる。
夕方だと言うのにとても人が多く、一番人気は伊達じゃなかった。優先券を使ったとしても入れるのはまだまだ先、これは大変だ。
「ちゃんと水分とっとかないと……はい、雨」
「ありがとう、楽しむ前に熱中症や脱水症状なんて陥ったら目も当てられないわね」
コクコクと喉を鳴らし、スポーツドリンクを飲んでいく雨。五月といえども、この人混みだと気温も上がる。お昼に比べればまだマシだけど、何回も飲み物は買いにいったくらいだ。
列は長く、まだまだ先と思っていたのに思ったより進みは早い。優先券って便利だなぁ、ちゃんと覚えておかないと。
「そう……こんな分野にも手を出してるのね」
「雨? どうかした?」
「いえ、ご苦労なことねと思っていたのよ」
「んー?」
雨が先程見ていた壁に貼ってある巨大なポスターに目を向けると、そこにはミヤノジョウグループの名前が書いてあった。
そっか、雨のとこの……。
「こんな感じで様々な分野に精通してるのよ、それは忙しいわけね」
「ミヤノジョウグループってすごいんだね、こんなとこでも名前を見るなんて……嫌な気持ちになった?」
「そんなことないわ、身の回りにいくらでもあるもの。このアトラクションも世界最大級のと謳っているくらいだから、関わってないほうが不思議よ」
「そ、そっか……」
雨の機嫌は少し悪くなったのかもしれない。どうでもいいとも思っているかもしれないけど、無表情の顔と声から読み取るのはかなりの困難を極める。
大丈夫かな? これじゃ笑顔にするどころか、楽しめるかも怪しい気がしたけどそれは杞憂だった。
「ごめんなさい、でも本当に大丈夫よ? 最後のアトラクションだから奏と楽しみたいわ」
「う、うん……」
ダメだ、ダメだ! 問題があるとすれば私の方だった! もっと他に気の利いたセリフを言えればよかったのに! 今から何かしら言うことができれば、少しは変わるかもしれない……けど。
残念ながら、すぐに私たちの番が来ることになった。
「こんばんはー! 二人パーティですかー?」
「え?」
その言葉と同時に雨は固まっていた。
普通はお二人ですか? と聞かれるところなのだろうけど、ここの係員さんは恐らくこのアトラクションに没頭してもらうため、この言葉がマニュアルで決まっているんだろう。
私は固まった雨に代わって慌てて返答する。
「は、はい! 二人パーティで組みます!」
すると係員さんはニッコリと笑ってくれて、私たちを先導してくれた。
「助かったわ、奏。二人パーティって言えばいいのね?」
「た、多分ここだけだから……」
本気で信じている雨に、私は困った顔を返す。
そして係員さんに案内してもらった場所。
とても広くて走り回れるくらいの大きさがあるけど、かなり薄暗い。
「何もない広い部屋だね……ここから始まるの?」
「そうみたいね」
「プレイ方法の説明はこの扉を閉められてから行われます! それではごゆっくり、そしてぜひ魔神を討伐してください!」
係員の人にそう言われ、部屋の扉が閉められると途端に中空に立体映像が現れた。
「うぇぇ……何これ、どうなってるの⁉ モニターとかないのに目の前にあるような感じ……」
「すごい技術ね。天井の機械が映し出しているようだけど……」
『よく来た。魔神を討伐する勇気ある者たちよ。さぁ、その手に一つ、武器を取るがいい』
大きなサウンドと共にその声が響き渡る。
そしてその瞬間、部屋の片隅には、四つの武器が照らし出された。
「これは……映像じゃないんだね。まぁ映像だったら持てないし、当たり前か……それにしてもどこから出てきたんだろう?」
「恐らく床が移動する仕掛けになっているのだと思うけど。それより奏、どの武器を選ぶの?」
現れた武器は四つ。
片手持ちができそうな剣とセットになった盾。
盾がない代わりに、片手剣よりも長いリーチを誇る刀。
リーチは短そうだけど、両手で攻撃を行えるであろう二つのグローブ。
そして魔法使いが持つような杖だ。
それぞれしっかりしているが、当たっても怪我をしないように柔らかい素材でできている。そしてスッポ抜け防止の紐までついてある。
「私は……そうだね。やっぱり魔法使いかな、援護とか回復とかしたいし!」
そう言って私は杖を手に取ると、杖の先から私の前へ使い方が表示される。
使い方はこうだ、赤いボタンを押しながら数秒後に魔法が展開され、杖の先を向けた方に魔法を飛ばせる。長い時間押し続ければ、それだけ強力な魔法が使えるみたいだけど、その分ヘイトが溜まるとのこと、ヘイトってなんだろう?
悩んでいると私の近くまで雨が来てくれて、その説明を覗いてくれた。
「魔法を溜めれば溜めるほど、憎しみが募るようね。狙われやすくなるんじゃないかしら?」
「え、えぇぇ? ま、まぁ……強力だから仕方ないのかなぁ?」
次の説明は青のボタン、これは回復のようだ。
攻撃に比べて発動までが長く設定してあるから、すぐには使えなさそう。それにヘイトも溜まるって書いてあるし。
「あ、あれ……魔法使いってかなり上級者向け武器とか……?」
「どうやらそうみたいね。変える?」
「いや……苦しい道を行ってこそだよ! 私は上級者の道を極めるんだから!」
「奏はチャレンジャーね。私は……そうね」
そういって雨は刀の元へ歩いていって、それを手に取った。
「それじゃ私も上級者向けの武器にするわね。敵の攻撃をいなせるようだけど……難しいらしいの」
「雨もまたチャレンジャーだねぇ……本当は私、ぬるく行きたかったり……」
「あ、私も決定を入れてしまったからもう変えられないわよ」
「わああああああああん! 私の優柔不断が発動した!」
そんな私の声が響き渡ると、まずは操作の練習的な意味でゴブリン? 的な魔物が立体映像で現れた。