君のブレスが切れるまで
第34話 決着のアトラクション
『まずはこの魔物を倒してみよ!』
「よし……言われなくても! えっと、ボタンを押しながら……」
覚束ない手付きで私は杖のボタンを押すと、杖の先から青い円状のゲージが現れ、少しずつ溜まっていく。
「すごいすごい。本当に魔法を詠唱してるみたい」
「本当に。でも、奏。それって――」
「よーし! 発動、ファイヤーボール!」
なんとなく掛け声を入れ、ゴブリンへと杖を向けボタンを離す。
すると、青い玉はゴブリンを突き抜け、その向こう側に居た雨へと吸い込まれていった。
「あ、あれ……?」
「回復……みたいね。青のボタンを押してたようよ」
「…………私、もしかして随分恥ずかしいことしちゃってた?」
「だ、大丈夫よ? 気を取り直して、やっていきましょう」
そんなこんなで私たちはプレイを始めることとなった。
チュートリアルのゴブリンはともかく、それ以降に出てくる動く魔物に魔法を当てるのは至難の技だった。だけど、こっちも動きながら魔法のゲージを溜められる。相手の攻撃が当たるというのは少ない。
ただ、それよりもちょっとすごいのが。
『人食い草。こいつの蔦に掴まれると段々とダメージを受けていくことになる。斬撃系の武器で蔦を落とし、火炎系の魔法で効率的にダメージを取っていくのだ』
「言われなくとも! 雨、もう少しで魔法が溜まるから蔦を!」
「ええ、任せて」
雨が私の前へ出ると私へ向けられた攻撃をその刀身でいなし、瞬く間に落としていく。
「雨……すごい……」
今まで知らなかったけど、雨の身体能力はとんでもない。反射神経もだけど、普通の人なら反応できない多方からの攻撃もいなしていくのだ。
私も魔法を棒立ちで溜められるってわけじゃないけど、ここぞって言う時は雨が守ってくれて、大型の魔法を何度も発動できた。
「よし、限界まで溜まった! 行くよー! 当たれ!」
最大まで溜めると、巨大な火炎弾を放つことができる。小さい弾だとどうしても当てにくいけど大きささえあれば、私でも全然当てられる。
『グギャァァァァ』
当たった!
モンスターの体力を一気に削れる。でも、まだもう少し残ってる。それを雨が、
「ふっ……!」
一呼吸の内にガリガリと削っていく。近距離になればなるほど攻撃は避けづらい、雨はそれでも避けていくけど、やっぱり避けられない攻撃だってある。
だから私は既にこうやって回復の魔法を溜めているのだ。
「っ……!」
「雨、回復!」
雨が攻撃を受けた瞬間、回復を送る。
すごく息のあったプレイに見えるかもしれないけど、慣れない内は避けれる攻撃でも当たってしまって私が何度もやられてしまった。
それでも雨は何度も付き合ってくれて、ようやく私も慣れてきたのだ。
「助かるわ。これで――トドメ!」
真っ赤な円状のマークに雨が刀を突き立てると、人食い草は粒子となって消え去る。
ある程度のダメージを与えると、敵の体の一部に黄色のクリティカルマークが浮かび上がりそこを攻撃すると効率よくダメージを与えられる。
そして、体力を四分の一以下まで削り切ると今度は真っ赤なフィニッシュマークへ変化する。そこへ攻撃を入れることができれば敵の体力があろうが倒せる仕組み。
判定は一瞬で体力を削れば削るほど現れる時間は長くはなるけど、そうそう入れられるもんじゃない。普通に体力を削り切る形になる場合もある。
だけど、雨はそれをよく撃ち抜いていく。体力四分の一からは敵の攻撃が激しくなるのに、本当にすごい反射神経だ。
「奏、やったわね」
「うん! 雨、ナイスだよー!」
互いに近づいて喜びを表す。でも、アトラクションを楽しめる時間はそう残っていない。ラストの魔神が現れるのは次の敵を倒さないといけないのだから。
そして次の魔物が現れた。
二つの足で立つ、巨大な斧を持った牛の化物。ミノタウロスというらしいんだけど、私はこのまま生きて帰れるのだろうか?
いや、バーチャルだから生きて帰れるんだけど。なんとなく、ロールプレイングだから考えてしまっただけ。
時間が押しているので休憩せず、連戦に次ぐ連戦で雨は汗をかなり流し息も上がっていた。かくゆう私も結構足が棒になっている。
「えっへへ……次やる時は疲れてない朝がいいね……」
「そうね。でも、そうなると汗臭くなってしまうかしら?」
「それはやだなー」
そんな話をした後、私と雨は互いにステップする。私は左に、雨は右に。先程、私たちが居た場所にはその大きな斧が落ちてきていた。
「ふふふ……当たれば魔法使いの私は一撃かもしれないなー!」
「大丈夫よ。奏は私が守るから」
「じゃあ、お願いしまーす! 的が大きければこれでも当たるはず!」
「任せておいて。それじゃ行くわよ」
そして始まる戦闘。私が遠距離から火炎弾を放ち、雨は斧や腕を掻い潜りながら攻撃を加えていった。
斧が私に振りかぶられるけど、それを私は右へとステップで避ける。普通なら斧が叩きつけられた勢いで地面が割れ、岩の破片は避けきれないだろう。
でも、これはバーチャルゲーム、岩が飛んできたりするわけではない。つまり、雨がやってるように紙一重で避ければ、疲れた体でも避けられる。仮に攻撃を受けても、ライフのゲージが減るだけで痛いわけじゃない。
私なんかでも相手に一泡吹かせられる。このゲームの中だけは私も敵も同じ立場、一方的な暴力で負けたりなんかしない。
そう思えば、攻撃はすごく怖いものではなくなる。だから避けられる。
恐怖心を完全に拭いきれるわけじゃないけど、代わりにその恐怖心は私を的確に攻撃から避けさせてくれる。
私は杖をミノタウロスへと向けると、魔法を発動させた。
「当たる! 発動!」
クリーンヒット、顔へと火炎弾が当たる。当てれば私の方へとモンスターは視線を向けてくるけど、その間。
「はっ!」
雨が足へと斬撃を入れて、相手を転倒させてくれる。ミノタウロスは大きな隙を晒すことになり、クリティカルマークが顔に浮かんだ。
雨は見逃さず、何度も攻撃を入れ続ける。
『グォォォォォォォ!』
が、ミノタウロスも馬鹿じゃない、雨に拳を叩きつけていた。
その瞬間、グッと減る雨のライフゲージ。それでも、雨はクリティカルマークを切り続けた。それは、きっと私を信じているから。
「回復送るよ! えい!」
「ごめんなさい、助かるわ」
失ったライフポイントが回復する。
ミノタウロスの顔からクリティカルマークが途切れ、その瞬間に雨は距離を取った。
「今の怒涛の攻撃ですっごい体力減ったよ! これなら行ける!」
「ええ、次からはフィニッシュマークを狙うわ」
私はコクリと頷き、攻撃魔法のゲージを溜めていく。そして四分の一を切った合図かミノタウロスが吠え、横一線、辺り一面を円状に薙ぎ払った。
雨はすぐにしゃがんでその斧を避けると、私もそれに習いしゃがんで避ける。
「よし、避けた! 魔法発――」
すぐに立ち上がると私は杖を向けるが、ミノタウロスは体を回した勢いのまま私の頭上へと斧を振り下ろしていた。
――慢心した! ダメ、避けられない!
自分を守るように手をそちらへ向け、私はギュッと目を閉じ、顔を背けた。
だけど、ライフポイントの減る音は聞こえない。ゆっくり目を開けると、雨がその斧をぎりぎりでいなしてくれていた。
「大丈夫、奏。まだ終わってないわ!」
「雨、ご、ごめん!」
いなしタイミングがずれた影響か、雨のライフゲージがかなり削れている。
早く回復をいれなきゃ……雨が負けたら私だけじゃ敵わない。
雨は斧をいなしで弾きながら、私の方を見て声をあげた。
「奏、私が守るから攻撃に回って。奏の魔法の後に出ると思う、フィニッシュマークを狙うわ」
「わ、わかった! でも、大丈夫⁉」
「やれるだけはやってみるわ、頼んだわよ」
立ち止まったまま、私は赤いボタンを押し魔法ゲージを溜め始める。気づかなかったけど、止まったままボタンを押しているとゲージの溜まりがかなり早くなるようだった。
それにようやく気づいたのは紙一重で避け始めてからなんだけど、雨もそれに気づいていたようだったのだ。私へのヘイトの影響で攻撃が激しくなる一方、雨は私を守るように的確に弾いていく。
たかだかバーチャルなはずなのに、重圧な気がするのは弾いた時の効果音のせいなのか、それとも演出のせいか。軽い攻撃ならまだしも、重い攻撃を弾くと雨のライフゲージが少し、また少しと削れていく。
攻撃魔法のゲージは三段階まである。けれど、今溜まっているのは二と四分の一、このままじゃ間に合わない。
「ふっ、これなら……どうかしら!」
弾きあげたと同時にカウンターを入れる雨。相手の行動は早くなってて、のけぞりもほとんどしないのにやりすぎだよ⁉
でも、着実にダメージは入っていてフィニッシュマークが出る時間も伸びるはずだ。
魔法ゲージが四分の三まで溜まる。
そしてようやく。
「溜まった。雨、合わせて!」
「任せて、奏!」
発動と共に巨大な火炎弾がミノタウロスへと飛んでいく。
「あったれええええぇぇぇ!」
『グゴゴゴガァァァ!』
爆発の大きな効果音と敵の叫び声、そして共に敵の体力が減る。しかし倒せるほどじゃない、でも大丈夫だ。この次に出現するフィニッシュマークで最後、雨ならそれを狙ってくれる。
「奏!」
「えっ――」
上を見上げると、いつの間にか斧がブーメランのように私の近くへと来ていた。今度は慢心してたわけじゃない、ただ私が打ち出した巨大な火炎弾の影響で敵のモーションが見えなかったのだ。
私の体の反応が追いつかない。しかし、待機していた雨が反応して私の前に立ち塞がってくれる。
「はぁっ!」
刀を下から縦一閃、斧を弾き飛ばすと共に雨のライフゲージが真っ黒に染まった。
「そんな、雨っ!」
「奏、フィニッシュマークを!」
「っ……!」
ゆっくりと倒れ込んでいくミノタウロス。
私は雨を置いてすぐに走ると、その瞬間、胸の辺りに真っ赤な円状のマークが点灯するのが見えた。
「はぁぁぁぁぁぁっ!」
間に合わない。いや、間に合わせるの! 雨がその身を賭して作ってくれた機会、足を引っ張ってしまった私がここで雨の為に全力を注ぐの! 私が繋ぐんだ!
杖を逆手に持って、その真っ赤な円状のマークへと手を伸ばす。
「倒れ……ろぉぉぉぉ!」
届く、まるで吸い寄せられるように杖の先端がマークへと。
行ける、倒せる!
間に合わないかもしれない恐怖、だけど私の思いはちゃんと届いてくれた。
杖の先端がマークへと触れるのを確認すると同時に、ミノタウロスがガラスの割れる音と共に光となって霧散していく。
「はぁ……はぁ、嘘……やったの……やった?」
「奏、お見事だわ」
座り込んだ雨の元へと走り寄る。
「でも、雨が……」
「いえ、見て」
そう言われ雨のライフゲージを見るとどうやらぎりぎり、ほんの少しだけ、目に見えないくらいのライフが残っているみたいだった。
「じゃあ……私たち二人で?」
「ええ、倒したことになるわね」
「そっか、そっか! やった……やったぁぁぁ!」
私は歓喜の声をあげた。
こんなに汗だくになって、何かをやり遂げてすごく清々しい気分になるのは初めてだったかもしれない。私は雨に手を差し伸べて、彼女を引き起こした。
その途端、部屋に青白い炎が灯り、おどろおどろしい声が響き渡ってくる。
『くっくっく、何を浮かれている。さぁ、始めようではないか。貴様の嘆きと恐怖! この私に見せろ!』
「あ……」
「そういえば魔神が残っていたわね」
時間いっぱいだったという事もあり、ミノタウロス戦に全力を注いでいた私と雨はあっという間に魔神から倒されることとなった。
負けじと戦っていたとしてもタイムリミットが来て、アトラクションが強制的に終わるよりかはよかったのかもしれない。
まるで夢のお話だったみたい、遊園地から出ると現実へと引き戻される。
帰りの電車、座席へと座っている私の肩へ雨が寄りかかってきていた。どうしたのだろうと声をかけてみる。
「雨?」
「…………」
しかし返事は返ってこない。私はそっと彼女の顔を覗くと、微かに寝息を立てた雨の顔が私の瞳の中に映り込んだ。
赤い傘を握ったままの雨は、どんなに大人びていると言ってもやっぱり子どもで私と変わらないんだなって思ってしまう。
「雨、ありがとう……今日はすごく人も多かったし朝から夜まで遊んで、疲れたよね」
赤いカチューシャに触れないよう、私は彼女の頭を優しく撫でる。
雨は楽しかった?
そう言いかけてやめる。楽しかったって言ってくれるのはわかっていたから。雨の笑顔を取り戻せはしなかったけど、こんな感じでいけばいつかはきっと微笑んでくれそうな気がする。
「いつか……絶対、私が笑えるようにしてあげるね。私、頑張るから」
そういって私は窓の外の暗い夜空を見上げた。
ガタンゴトンという音と共に、電車は街の中を通り過ぎていく。
まるで時間が容赦なく過ぎていくように……それでも私はこの時間がずっと続くかのように思えていた。
雨と一緒にいられる時間が後わずかだなんて夢にも思わずに。
「よし……言われなくても! えっと、ボタンを押しながら……」
覚束ない手付きで私は杖のボタンを押すと、杖の先から青い円状のゲージが現れ、少しずつ溜まっていく。
「すごいすごい。本当に魔法を詠唱してるみたい」
「本当に。でも、奏。それって――」
「よーし! 発動、ファイヤーボール!」
なんとなく掛け声を入れ、ゴブリンへと杖を向けボタンを離す。
すると、青い玉はゴブリンを突き抜け、その向こう側に居た雨へと吸い込まれていった。
「あ、あれ……?」
「回復……みたいね。青のボタンを押してたようよ」
「…………私、もしかして随分恥ずかしいことしちゃってた?」
「だ、大丈夫よ? 気を取り直して、やっていきましょう」
そんなこんなで私たちはプレイを始めることとなった。
チュートリアルのゴブリンはともかく、それ以降に出てくる動く魔物に魔法を当てるのは至難の技だった。だけど、こっちも動きながら魔法のゲージを溜められる。相手の攻撃が当たるというのは少ない。
ただ、それよりもちょっとすごいのが。
『人食い草。こいつの蔦に掴まれると段々とダメージを受けていくことになる。斬撃系の武器で蔦を落とし、火炎系の魔法で効率的にダメージを取っていくのだ』
「言われなくとも! 雨、もう少しで魔法が溜まるから蔦を!」
「ええ、任せて」
雨が私の前へ出ると私へ向けられた攻撃をその刀身でいなし、瞬く間に落としていく。
「雨……すごい……」
今まで知らなかったけど、雨の身体能力はとんでもない。反射神経もだけど、普通の人なら反応できない多方からの攻撃もいなしていくのだ。
私も魔法を棒立ちで溜められるってわけじゃないけど、ここぞって言う時は雨が守ってくれて、大型の魔法を何度も発動できた。
「よし、限界まで溜まった! 行くよー! 当たれ!」
最大まで溜めると、巨大な火炎弾を放つことができる。小さい弾だとどうしても当てにくいけど大きささえあれば、私でも全然当てられる。
『グギャァァァァ』
当たった!
モンスターの体力を一気に削れる。でも、まだもう少し残ってる。それを雨が、
「ふっ……!」
一呼吸の内にガリガリと削っていく。近距離になればなるほど攻撃は避けづらい、雨はそれでも避けていくけど、やっぱり避けられない攻撃だってある。
だから私は既にこうやって回復の魔法を溜めているのだ。
「っ……!」
「雨、回復!」
雨が攻撃を受けた瞬間、回復を送る。
すごく息のあったプレイに見えるかもしれないけど、慣れない内は避けれる攻撃でも当たってしまって私が何度もやられてしまった。
それでも雨は何度も付き合ってくれて、ようやく私も慣れてきたのだ。
「助かるわ。これで――トドメ!」
真っ赤な円状のマークに雨が刀を突き立てると、人食い草は粒子となって消え去る。
ある程度のダメージを与えると、敵の体の一部に黄色のクリティカルマークが浮かび上がりそこを攻撃すると効率よくダメージを与えられる。
そして、体力を四分の一以下まで削り切ると今度は真っ赤なフィニッシュマークへ変化する。そこへ攻撃を入れることができれば敵の体力があろうが倒せる仕組み。
判定は一瞬で体力を削れば削るほど現れる時間は長くはなるけど、そうそう入れられるもんじゃない。普通に体力を削り切る形になる場合もある。
だけど、雨はそれをよく撃ち抜いていく。体力四分の一からは敵の攻撃が激しくなるのに、本当にすごい反射神経だ。
「奏、やったわね」
「うん! 雨、ナイスだよー!」
互いに近づいて喜びを表す。でも、アトラクションを楽しめる時間はそう残っていない。ラストの魔神が現れるのは次の敵を倒さないといけないのだから。
そして次の魔物が現れた。
二つの足で立つ、巨大な斧を持った牛の化物。ミノタウロスというらしいんだけど、私はこのまま生きて帰れるのだろうか?
いや、バーチャルだから生きて帰れるんだけど。なんとなく、ロールプレイングだから考えてしまっただけ。
時間が押しているので休憩せず、連戦に次ぐ連戦で雨は汗をかなり流し息も上がっていた。かくゆう私も結構足が棒になっている。
「えっへへ……次やる時は疲れてない朝がいいね……」
「そうね。でも、そうなると汗臭くなってしまうかしら?」
「それはやだなー」
そんな話をした後、私と雨は互いにステップする。私は左に、雨は右に。先程、私たちが居た場所にはその大きな斧が落ちてきていた。
「ふふふ……当たれば魔法使いの私は一撃かもしれないなー!」
「大丈夫よ。奏は私が守るから」
「じゃあ、お願いしまーす! 的が大きければこれでも当たるはず!」
「任せておいて。それじゃ行くわよ」
そして始まる戦闘。私が遠距離から火炎弾を放ち、雨は斧や腕を掻い潜りながら攻撃を加えていった。
斧が私に振りかぶられるけど、それを私は右へとステップで避ける。普通なら斧が叩きつけられた勢いで地面が割れ、岩の破片は避けきれないだろう。
でも、これはバーチャルゲーム、岩が飛んできたりするわけではない。つまり、雨がやってるように紙一重で避ければ、疲れた体でも避けられる。仮に攻撃を受けても、ライフのゲージが減るだけで痛いわけじゃない。
私なんかでも相手に一泡吹かせられる。このゲームの中だけは私も敵も同じ立場、一方的な暴力で負けたりなんかしない。
そう思えば、攻撃はすごく怖いものではなくなる。だから避けられる。
恐怖心を完全に拭いきれるわけじゃないけど、代わりにその恐怖心は私を的確に攻撃から避けさせてくれる。
私は杖をミノタウロスへと向けると、魔法を発動させた。
「当たる! 発動!」
クリーンヒット、顔へと火炎弾が当たる。当てれば私の方へとモンスターは視線を向けてくるけど、その間。
「はっ!」
雨が足へと斬撃を入れて、相手を転倒させてくれる。ミノタウロスは大きな隙を晒すことになり、クリティカルマークが顔に浮かんだ。
雨は見逃さず、何度も攻撃を入れ続ける。
『グォォォォォォォ!』
が、ミノタウロスも馬鹿じゃない、雨に拳を叩きつけていた。
その瞬間、グッと減る雨のライフゲージ。それでも、雨はクリティカルマークを切り続けた。それは、きっと私を信じているから。
「回復送るよ! えい!」
「ごめんなさい、助かるわ」
失ったライフポイントが回復する。
ミノタウロスの顔からクリティカルマークが途切れ、その瞬間に雨は距離を取った。
「今の怒涛の攻撃ですっごい体力減ったよ! これなら行ける!」
「ええ、次からはフィニッシュマークを狙うわ」
私はコクリと頷き、攻撃魔法のゲージを溜めていく。そして四分の一を切った合図かミノタウロスが吠え、横一線、辺り一面を円状に薙ぎ払った。
雨はすぐにしゃがんでその斧を避けると、私もそれに習いしゃがんで避ける。
「よし、避けた! 魔法発――」
すぐに立ち上がると私は杖を向けるが、ミノタウロスは体を回した勢いのまま私の頭上へと斧を振り下ろしていた。
――慢心した! ダメ、避けられない!
自分を守るように手をそちらへ向け、私はギュッと目を閉じ、顔を背けた。
だけど、ライフポイントの減る音は聞こえない。ゆっくり目を開けると、雨がその斧をぎりぎりでいなしてくれていた。
「大丈夫、奏。まだ終わってないわ!」
「雨、ご、ごめん!」
いなしタイミングがずれた影響か、雨のライフゲージがかなり削れている。
早く回復をいれなきゃ……雨が負けたら私だけじゃ敵わない。
雨は斧をいなしで弾きながら、私の方を見て声をあげた。
「奏、私が守るから攻撃に回って。奏の魔法の後に出ると思う、フィニッシュマークを狙うわ」
「わ、わかった! でも、大丈夫⁉」
「やれるだけはやってみるわ、頼んだわよ」
立ち止まったまま、私は赤いボタンを押し魔法ゲージを溜め始める。気づかなかったけど、止まったままボタンを押しているとゲージの溜まりがかなり早くなるようだった。
それにようやく気づいたのは紙一重で避け始めてからなんだけど、雨もそれに気づいていたようだったのだ。私へのヘイトの影響で攻撃が激しくなる一方、雨は私を守るように的確に弾いていく。
たかだかバーチャルなはずなのに、重圧な気がするのは弾いた時の効果音のせいなのか、それとも演出のせいか。軽い攻撃ならまだしも、重い攻撃を弾くと雨のライフゲージが少し、また少しと削れていく。
攻撃魔法のゲージは三段階まである。けれど、今溜まっているのは二と四分の一、このままじゃ間に合わない。
「ふっ、これなら……どうかしら!」
弾きあげたと同時にカウンターを入れる雨。相手の行動は早くなってて、のけぞりもほとんどしないのにやりすぎだよ⁉
でも、着実にダメージは入っていてフィニッシュマークが出る時間も伸びるはずだ。
魔法ゲージが四分の三まで溜まる。
そしてようやく。
「溜まった。雨、合わせて!」
「任せて、奏!」
発動と共に巨大な火炎弾がミノタウロスへと飛んでいく。
「あったれええええぇぇぇ!」
『グゴゴゴガァァァ!』
爆発の大きな効果音と敵の叫び声、そして共に敵の体力が減る。しかし倒せるほどじゃない、でも大丈夫だ。この次に出現するフィニッシュマークで最後、雨ならそれを狙ってくれる。
「奏!」
「えっ――」
上を見上げると、いつの間にか斧がブーメランのように私の近くへと来ていた。今度は慢心してたわけじゃない、ただ私が打ち出した巨大な火炎弾の影響で敵のモーションが見えなかったのだ。
私の体の反応が追いつかない。しかし、待機していた雨が反応して私の前に立ち塞がってくれる。
「はぁっ!」
刀を下から縦一閃、斧を弾き飛ばすと共に雨のライフゲージが真っ黒に染まった。
「そんな、雨っ!」
「奏、フィニッシュマークを!」
「っ……!」
ゆっくりと倒れ込んでいくミノタウロス。
私は雨を置いてすぐに走ると、その瞬間、胸の辺りに真っ赤な円状のマークが点灯するのが見えた。
「はぁぁぁぁぁぁっ!」
間に合わない。いや、間に合わせるの! 雨がその身を賭して作ってくれた機会、足を引っ張ってしまった私がここで雨の為に全力を注ぐの! 私が繋ぐんだ!
杖を逆手に持って、その真っ赤な円状のマークへと手を伸ばす。
「倒れ……ろぉぉぉぉ!」
届く、まるで吸い寄せられるように杖の先端がマークへと。
行ける、倒せる!
間に合わないかもしれない恐怖、だけど私の思いはちゃんと届いてくれた。
杖の先端がマークへと触れるのを確認すると同時に、ミノタウロスがガラスの割れる音と共に光となって霧散していく。
「はぁ……はぁ、嘘……やったの……やった?」
「奏、お見事だわ」
座り込んだ雨の元へと走り寄る。
「でも、雨が……」
「いえ、見て」
そう言われ雨のライフゲージを見るとどうやらぎりぎり、ほんの少しだけ、目に見えないくらいのライフが残っているみたいだった。
「じゃあ……私たち二人で?」
「ええ、倒したことになるわね」
「そっか、そっか! やった……やったぁぁぁ!」
私は歓喜の声をあげた。
こんなに汗だくになって、何かをやり遂げてすごく清々しい気分になるのは初めてだったかもしれない。私は雨に手を差し伸べて、彼女を引き起こした。
その途端、部屋に青白い炎が灯り、おどろおどろしい声が響き渡ってくる。
『くっくっく、何を浮かれている。さぁ、始めようではないか。貴様の嘆きと恐怖! この私に見せろ!』
「あ……」
「そういえば魔神が残っていたわね」
時間いっぱいだったという事もあり、ミノタウロス戦に全力を注いでいた私と雨はあっという間に魔神から倒されることとなった。
負けじと戦っていたとしてもタイムリミットが来て、アトラクションが強制的に終わるよりかはよかったのかもしれない。
まるで夢のお話だったみたい、遊園地から出ると現実へと引き戻される。
帰りの電車、座席へと座っている私の肩へ雨が寄りかかってきていた。どうしたのだろうと声をかけてみる。
「雨?」
「…………」
しかし返事は返ってこない。私はそっと彼女の顔を覗くと、微かに寝息を立てた雨の顔が私の瞳の中に映り込んだ。
赤い傘を握ったままの雨は、どんなに大人びていると言ってもやっぱり子どもで私と変わらないんだなって思ってしまう。
「雨、ありがとう……今日はすごく人も多かったし朝から夜まで遊んで、疲れたよね」
赤いカチューシャに触れないよう、私は彼女の頭を優しく撫でる。
雨は楽しかった?
そう言いかけてやめる。楽しかったって言ってくれるのはわかっていたから。雨の笑顔を取り戻せはしなかったけど、こんな感じでいけばいつかはきっと微笑んでくれそうな気がする。
「いつか……絶対、私が笑えるようにしてあげるね。私、頑張るから」
そういって私は窓の外の暗い夜空を見上げた。
ガタンゴトンという音と共に、電車は街の中を通り過ぎていく。
まるで時間が容赦なく過ぎていくように……それでも私はこの時間がずっと続くかのように思えていた。
雨と一緒にいられる時間が後わずかだなんて夢にも思わずに。