君のブレスが切れるまで

第35話 日常の変化

 ゴールデンウィーク 四日目


 二日目の遊園地での疲れもあって、三日目は家でゆっくり休むことになった。動かしてない筋肉が悲鳴を上げていて、筋肉痛が今日も取れてない。けれど、昨日よりかは幾分マシなのは、ちゃんと湿布を付けて寝込んでいたからだ。冗談ではなく本当に寝込んでいた。ゴロゴロだった。
 今日の私たちは街へ出て、ゲームセンターへと赴いている。こうなったら実力行使に出てやると意気込み、プリクラを撮ることにしたのだ。


「雨、笑うの! 笑って、こう!」
「か、奏? ほんな頬をひっはられても笑へないわ」
『3、2、1。撮ります!』


 カシャと共に雨の顔から手を離すけど、撮られた写真の雨は無表情。


「むむむ……キャンセル!」
「ま、まだやるのかしら?」
「頑張って笑ってみて!」
「善処するわ……」


 そういって頑張ってみてくれるけど、変な顔の雨が撮れる。これでも十分上出来なのはわかっているけど。
 出てきた写真をじっと見ていると、雨は私の手から奪い取りどこから出したのか手回しシュレッダーへとその写真をかけた。


「あー! なにをするー!」
「なにをするーって……シュレッダーへかけてもいいと奏は言ってくれたでしょう? もう、恥ずかしいのだから」
「記念品だったのにー!」
「それでもダメよ」
「じゃあ笑顔見せてくれたら我慢する……」


 無理難題を雨へ押し付けると、振り返ってくれてニヘラと笑って……それ笑ってるの?


「笑ったわ」
「いやいや、変な顔してただけじゃない!」
「なんだか表情筋が痛い気がするわね……こんな顔したことなかったから」


 雨は自分の頬をこねるようにマッサージをし始める。やっぱり強硬策は当てにならない。第一こんなので笑わせたところで、私は嬉しくない。
 自然な表情で見たいのは山々だけど、笑顔を作るトレーニングとしてはいいのかなと割り切ってこんな策に出たのだ。
 雨が変な顔をするというのだけは新しい成果かもしれない。それだけでもいいかな。


「じゃ、じゃあさ! コイン一枚から万枚に増やす方法教えてよ!」
「ここはカジノじゃないのだけど……」


 そんなことを言っていたけど、百円でコイン十一枚を交換すると雨は瞬く間にコインを増やしてくれた。
 とはいっても十一枚が百何十枚に増えただけだが。


「こんなところに努力しても時間の無駄よ。遊ぶならいいけれど、稼ぐとなると遊びではなくなるわ」
「すごく地味な作業だったね……落とせそうなところを狙うだけなんて」
「機械相手だとどうしてもね。人の手との勝負ならもっと面白いのだけど、それに……」


 雨は私にコインを一枚手渡すと、スロットに指をさす。


「ベルが当たるわ」
「えー?」


 一枚でベルが当たれば十枚返ってくる。言われるがまま私はコインを入れ、スロットを回す。
 そして無造作にストップボタンを押していくと、雨の言ってくれた通り、三枚のベルの絵が一列に並ぶことになった。


「ほんとだ……これはやっぱり?」


 コクリと頷く雨、そしてそれ以上のことは言わない。
 私でもわかる。これは、祝福の眼の力が働いているから。雨は人差し指を唇に当てると小さな声で呟いた。


「悪用厳禁よ?」
「う、うん……」


 悪用なんてしない。この事がバレて面倒なことに巻き込まれたくないし、それについて私は重々理解していた。
 雨はそう言うと頑張って笑顔を作ろうと変な顔をしてくれる。私はそれに吹き出しそうになってしまって口を押さえた。


「へ、変な顔で笑わせないでよ……」
「失礼ね。私も頑張っているつもりなのよ?」


 わかってはいるけど、やっぱり何とも言えない絶妙な変な顔に私が笑顔を作ることになる。そんな健気に頑張ってくれてる雨はすごく可愛くて、新鮮な気分だ。
 それからも雨は表情筋をマッサージしていて、楽だからと言って無表情に戻ってしまうことになる。
 残念だったけど、今日は一つ前に進んだ気がして嬉しかった。


 次の日


 学校にて、遊園地で私と雨が一緒にしたバーチャルアトラクションが話題となっていた。倒せなかったーだとか、ミノが強すぎーだとか、魔神まで行けたやつ本当にいるのかー? とか。


「えへへ……」


 私は両手で頬杖をつきながら、思い返していた。
 すごく楽しかったなぁ。雨のすごいところも見れたし、また一緒に行って今度こそ魔神を倒してみたい。
 左に目を向けると、雨がじっとこちらを見つめていた。私はだらしない顔を一転、すぐに真面目な顔へと取り繕う。


「な、何⁉」
「随分ご機嫌ね、と思っていただけよ」
「うっ……そ、そんなことは……」


 ズバリその通りで、すごく機嫌はよかった。だって、本当に楽しかったのだから仕方ない。
 そんな時、サイドテールで髪を括った一人の女生徒がこちらへ来て腰に手を当てていた。席替えの時、私たちにちょっかいを出してきた子だ。確か、名前は桜田(さくらだ)さん……だったっけ。


「宮城さんと赤坂、さっき私たちの話を聞いて笑っていたでしょ? あのアトラクション、やったの?」
「私は笑っていないのだけど……」


 雨の的確なツッコミにその女生徒は仰け反るが、コホンと一つ咳をしてどうなのかと聞いてきた。というかどうして雨はさん付けなのに、私は何もなしなのだろう。前は私もさん付けで呼ばれていたはずなのに、謎の差だ。いつの間にか、こう呼ばれるようになっていた。


「ええ、やったわ。残念ながら道半ばでダメだったけれど」
「あら、そうなんだ……宮城さんならいいところまで行くんじゃないかと思っていたのに」
「私が足引っ張っちゃってたから……」


 あははと笑いながら、髪の毛の毛先を指でくるくると遊ばせる。


「赤坂はおっとりしてるから仕方ないとは思うけど、ま、二人じゃ無理よね。私たちは四人パーティだったから人食い草まで行けたけど」


 おっとりと言ってくれているが、言葉の意図を辿れば鈍臭いということ。雨を刺激しないようにそう言っているのだ。
 それにしてもこの話題が上がるってことは、あのアトラクションは最新のものだったんだと悟る。


「まだ全クリしてない人たちはたくさんいるみたいだけど、もし次に行く機会でもあれば情報を共有しましょ。役に立つかどうか置いといてね?」


 そう捨て台詞を残して、私たちのところから去っていく女生徒。
 なんだか上から目線で少しだけ腹が立つ。そもそも、私たちは人食い草どころか魔神までいけたんだけど! 主に雨のおかげなんだけどさ!


「……はぁ」


 でもまぁ、話しかけられるって言うのだけでも、昔とは違うってこと。雰囲気は置いといて。


「奏、また行きましょうね?」
「雨……うん!」


 ああ、雨だけが私の癒やしだよ。
 今の私はきっとキラキラと目を輝かせていることであろう。場所は遊園地だからそう何回も行けるような場所じゃないけど、旬の内にまた行きたいところだ。


「次はいつ行く?」
「奏がいいなら土日でも構わないわ」
「流石にそれは……残念だけど、お小遣い足りないなぁ……」
「それじゃお小遣い増やしましょう。何だったら私が払っても構わないわ」
「あーえっと、気持ちだけは受け取っておくね?」


 実際に雨ならしかねないから私は苦笑を零すことになる。パスが買えるくらいのお金が貯まるのは恐らく再来月くらいになるだろう。
 来月は雨の誕生日があるのだ。私の誕生日に貰ったカッピーとラッピーのお返しに私も何か可愛いものをあげたい。


「……ま、まさか……いや、雨に限ってそんな」


 もし可愛いぬいぐるみをあげて、雨がそれに夢中になってしまうってことは……。


『悪いけど、奏。その部屋はぬいぐるみ部屋に使わせてもらうことになったわ』
『え、じゃあ……私は?』
『そうね。ソファの上で寝てもらうことになるわね』
『そんな! あ、いや……ソファはいいけど、私、雨のぬいぐるみと一緒でも全然大丈夫だよ?』


 雨はぬいぐるみに耳をつけながら、うんうんと頷いて。


『この子たちはダメだって。残念だけど、諦めて頂戴』
『そんな……そんな!』
『奏、わかって』


 私はブンブンと首を振り、妄想から現実へと戻る。
 やっぱりぬいぐるみじゃなくて、実用性のあるものにしよう。私がチラっと雨の方を見ると、雨も気づいてくれたようにこっちを見てくれる。だけど、私が何を考えていたのかを読めないようで、首を傾げている。


「奏、今、変なこと考えていなかった?」
「なな、何のことかなぁ?」
「まぁ、いいのだけど……私はそんなことしないわよ」
「えっ⁉」


 えぇ……私の考えていること、もしかしてバレてたの? それだとすっごく恥ずかしいんだけど。


「その顔はやっぱり良からぬことを考えていたのね?」
「くっ、雨の意地悪! カマかけたな!」
「奏が勝手に引っかかってしまっただけよ?」


 残念だけど、やっぱり雨の口に勝てる日は来ない気がした。私の考えていることが読めてる時と読めてない時の差は本当にわからない。
 それからすぐに先生が教室へとやってきて授業が始まる。
 その間もどうにか雨に勝てる策を考えるものの、一時間弱という時間を無駄な作業に費やしたと気づくのは、考え始めてから一時間経った後のことだった。
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