君のブレスが切れるまで

第44話 アトラクションの思い出

 2022年 1月


 大きなホール、そこの入り口には何百という人がいた。人混みが苦手な私にとって、こういうところはかなり辛い。それでもどうしてこんなところに来ているのかと言うと、


「かーなで! 久しぶり! 元気だったー?」


 大きな声。晴れ着に身を包んだ金髪の小さな女の子が、人混みをかき分けやってくる。


「久しぶりだね。ルリ」


 私も軽く手を振り返す。
 そう、今日は成人式。ある人は懐かしい顔に会うため、ある人は不純なことを胸に秘め、ある人は伝統行事だからという理由でここへくるのだろう。そのせいで、ここは人々の不の感情で黒く渦巻いていたりする。
 そんな中ルリは、私とか高校の友達に会いに来たんだという感じが見て取れて安心した。


「ほんと変わらない仏頂面ねー。女の子なんだから晴れ着にしたらよかったのに……スーツとかいつでも着れるでしょ?」
「着るの大変だから、誰に見られるってわけでもないし。ルリは変わったね、可愛くなってる。サイドテールは変わらないけど」


 黒かった髪は金に染まり、化粧も綺麗にされている。小さな背はあんまり変わらないけど、もう大人の女性だ。


「へへへ、美容師は自分のスタイルにも気を使うから大変なのよ! 良ければ、奏の髪も切ってあげようかー?」


 にししと笑いながら私の長くなった髪を見て、指をチョキチョキとさせる。ルリは既に専門学校を卒業して美容師になっていた。まだ自分の店を持っているってわけじゃないけど、それでもプロとしてかなり頑張っているみたい。
 その笑顔を見て高校の頃と変わらないなぁと内心思いつつも、いつかねーと断りを入れておく。それじゃいつか、お店持った時にでも髪を切ってあげるねと約束してくれて、私たちはホールの中へと歩を進めていった。


 §


 偉い人のありがたい話を聞きながら、隣で眠っているルリ。
 まぁ、必要ないもんね。こんな大勢の中で一年後、この話を覚えている人は何人くらいいるだろうと考えながら、私も右耳から左耳へと話を聞き流していく。
 よくニュースで流れていた誰かが暴れるということもなく、慎ましく成人式は終わりを迎える。外へ出たルリと私は久々に会った高校の頃のクラスメートと軽く話し合い、手を振り別れた。


「ねぇ、奏。近くの喫茶で話でもしていかない?」
「そうだね、せっかくだしそうしようか」


 そしてルリに誘われるがまま喫茶店へ。
 小さな喫茶店の中へ入ると、まぁ予想通りの普通の店内。結構新しいみたいで、小綺麗ではある。テーブル席へと通されると、とりあえず飲み物をオーダーした。


「学校の調子はどぉ? 相変わらず一人でいたりして」
「一人でいるってところは余計。まぁ、ぼちぼちかな」


 一人の件にはあまり触れない。学業の方についてはどうしても運だけではついていかないところもあって、苦労はしてるけどそれでも頑張っている。
 店員さんが私とルリのオーダーの品を持ってきてくれると、ルリは子どものようにそれに飛びついた。


「奏はすごい頭がいいってわけじゃなかったもんねぇ、私みたいに」


 オレンジジュースに備え付けられてあるストローを噛みながら、きししと笑うルリ。確かに高校の成績でルリに勝てたことはない。


「誰かと勉強するってこともあんまりないから、上手くいかないこともあるみたい」
「そうなんだ……私じゃ、奏の力不足だったかしらねぇ。結局、宮城さんの見守ってあげてって言葉しか聞けてないし」
「ううん、ルリにはすごく感謝してるよ。でも、それでルリが大変な思いしてなかったかなって思うとちょっと辛いね」
「……別に。大変じゃなかったって言えば嘘になるかもだけど、私がやりたくてやっただけだし、そんなこと言われてもね」


 それが私の運のせいだとしたらと思うと申し訳なくなる。でも、運だけじゃ人の心は変えれないというのは知っているんだ。だからルリの、本当の純粋な気持ちとして受け取っておく。
 黒い液体が入ったカップを手に取ると、私は口へと含んだ。


「……奏ってブラック好きなんだね。私は苦くてジュースとかしか無理だわ」
「美味しさがわかってきたかなとは思うよ。人生は苦いことばかりだから、コーヒーの苦味も味わい深く、甘く感じるとかね?」
「なにそれ、ふふっ」


 そんな冗談を交えながら談笑を続ける私たち。
 いつしか雨と過ごした期間よりも、ルリと過ごした期間の方が長くなってしまった。でも、すごく仲良くなったわけじゃない、普通だ。友人としての普通。私はルリに依存していないし、ルリも同じく私なんかに依存するタイプではない。
 私は今でも、死んだ雨の幻影を胸に生きている。あの日の思い出を消せなくて……だから今でも笑うことができない。


「そうだ、奏。これ覚えてる?」


 ポーチからある一冊の雑誌を取り出し、テーブルの上へと置いてくれる。それにはミヤノジョウグループの名前が書かれた遊園地で雨とやったことのあるゲームだった。


「懐かしいでしょ? 遊園地にあった立体映像機が家庭用で発売するんだって。流石に家であんなゲームはできないから、主な仕様はホームシアターとしての観賞用だけどね」
「へぇ……」


 正直、今の私としてはまったく興味のないものだ。あのゲームだって、一人でしたところで楽しいってわけでもないし。
 私は聞き流すようにコーヒーに口をつける。


「なんでも本当か嘘かはわからないけど、脳波から人の思い出を再生できるんだとか……」
「っ――なにそれ」


 コーヒーを少しだけ吹き出してしまい、私はペーパーナプキンで口を拭いた。人の思い出を再生できる? ありえない話だ。


「最初に断っておいたけど、本当かどうかはわからないの。そういう質の悪い噂が飛び交ってるから、気をつけなさいねっていう忠告よ。本社の方も、そういう機能はついてないって言ってるんだから。十中八九、嘘八百よ」
「ルリ、それが言いたいだけでしょ……」
「あれ? バレた?」


 またもや、にししと笑うルリ。その後も真面目な顔をして、「高いものだからと騙されて買わないようにね」と注意を促してくれる。心配してくれるのはありがたい、でも火のないところに煙は立たないとも言う。この噂には何かがありそうだけど。
 その日の帰り。ルリと別れると、私はすぐに電気店を訪れることにした。
< 254 / 270 >

この作品をシェア

pagetop