君のブレスが切れるまで
 もう、忘れよう。今はそんなことを気にしている場合じゃないはずだ。
 それからは男のご機嫌を取りながら、徐々に頭を切り替えていった。
 私たちは脇道に逸れると、急に男がハンカチを取り出し、汗を拭き始めながら言う。


「ふぅー……ちょっと疲れたねぇ。そこらで休まない?」
「え……良いですけど……」
「本当? よかったぁ」


 少し急がせたとはいえ、随分早い休憩だ。時間はそう経っていないのに……やっぱり太っているからかな。でも、休ませてくれると言うのならすごくありがたい。何しろ足がまだ痛いから。
 男は暑いから持ってて、と私に自分の上着を羽織らせてくれる。


「俺のスーツ着てくれるつぐみちゃん。かわいいねー」
「あはは、どうも」


 ぎこちない笑いだったかも。なにせ臭い。あまり洗っていないのかタバコと汗のニオイが酷い。しかし、脱ぎたいなどと言って機嫌を損ねるわけにはいかない。さっきだって困るだろ、と指摘されたばっかりだ。


 男が歩んで行く方についていくと、いつの間にか狭い路地ではあるがきらびやかな場所にいた。どこもかしこも、明るい看板が立っており、何千円と金額が書かれてある。
 その路地を歩いていると、ある建物の前で男が立ち止まった。


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