エヌNの再会
カウンターに腰掛けジャケットのボタンを外すとBar'Nのマスターがその真っ白に整えられた髪を正面に、心地よく配置されているワイングラスに反射する姿見で整えられた髪をなでる仕草だけすると、口角を上げて見せた。改めてカウンターごしに対になると「今夜は随分と遅くに」とマスターが言うと俺は黙ってうなずいた。深夜24:30分。ゆったりと刻むピアノとサックスの甘いメロディーはマッカランのモルトウィスキーのそのテストをさらに盛り上げた。12年間熟成されたそれは上品でほのかな香りこそこの口の中で静かに味わう。染み渡るれは一枚の仮面が剥がれるかのように。自分を偽る仮面。人には複数の仮面を使い分け演者になっているものと俺は思っている。少なくとも俺自身がそうなのかもしれない。本当の姿を見せない。決して。感情を押し殺すロボット。週末になると'Nに来ては独自のリズムを刻むジャズが流れる、味わいぜいたくな正統派に気取るこのマッカランを嗜むダーティーな自分旅行へと連れ出す。
熟成を重ねれば重ねるごとにその風味は深くなっていく。そう言われるマッカランだが俺はその中でも若いとされるザ.マッカランは12年を嗜んでいる。俺もまだ小童なのかも知れぬ。深みを増して男を磨き、さらに磨いていきジェントルメン。その12年のマッカランのオンザロックグラスへ語りかけたらクラスの中で氷が溶け静かに音を奏でた。
「からん」
雪解けその雫は熟成されたモルトの豊かさを少しだけ邪魔をした気がした。刻むメロディーに目を瞑る。「マスターおかわりをいただこうか」胸ポケットから取り出し火をつけて吐いた煙はゆらゆら漂い気ままに中を彷徨ながら。2杯目のそれをたしなんでいると隣に座る甘くセクシーな妖艶に気取るシルエットの指先は真っ赤に染められたマニキュアの指先でグラスの円周を2周ほど指でなぞってみせた。潤んだ瞳から送られるサインに俺は心で笑った。いやらしくいい女だな。無意識にひと口が多く、マッカランの力強さを体全体で感じ取る。ふんわりとゆるめにかかるそのしなやかなその髪は可憐に小指でそっと搔き上げるしぐさに、忘れていた乾杯を心のハートへと。その姿に脈が高まり、流れるBGMに鼓動の要因を探っていく余地もなく、俺のグラスと彼女のグラスが甘く奏でるジャズのメロディーを一瞬遮った。ダブルグラスとシャンペングラスの重なりで響く音がそうだった。ブルー・ミッチェルのI'llcloseが流れる店内のスピーカーから奏でるその頃には既に、俺は淡く濡れたその瞳に夢中になり意地悪そうに笑うそれは、ダーティに気取った俺でさえ、少年かのようにワクワクした心に、演じる姿を邪魔をした。一つ咳払いをする。胸ポケットに手を入れるとあるはずのショートホープが目の前のテーブルに置いてあるそれを見て、手にしたのはいつしかアメリカはニューヨークで購入した同じ生まれの1989年のジッポライターのみであった。神様がくれた甘い甘美なこの一時は、禁断の果実を口にした。
楽園。地中海を望む南米ルーション地方のワイナリー。バルニュウスのワイン産地へ出かけたのはつい最近のように思える。見下す斜面にぶどう畑が覆うそれはあまりに美しく太陽の恵みをこれでまでもかというほど浴びた特別なワイン。真っ赤に染まる赤。それは情熱で溢れとてもユニークなテイスティングそのものだった。それを思い出すと目元が幾らか緩む。彼女は不思議そうに俺をみたが返答もなく視線を向けたのはマスターへ。「ネレッロマスカレーゼを彼女に、俺はマルサラを。」'Nのマスターは小気味良く演出する俺をそっと盛り立てるかの如く胸の蝶ネクタイを左右へと直しシワひとつないスーツの襟を正せばワイングラスへ真っ赤な情熱を降り注いだ。
いつか本気になるのが怖いなんて言ったのはついこの前なのに、何を足しても引いても狂った計算。方程式は確かに存在するがこの世界は突如違ったカードを出せれ、jokerはいつ来ても不思議な力を見せ、権力者を相手にしてもひるまず何でもありな絵図は俺が夢見る純粋こそ形にはまらず生きる小粋な振る舞い。そう。世の中は計算なんかでは出来ていない。カードの中のピエロは笑う。半分まで残るそれを一気に飲み干した。本革で包むジャンパーにタイトに決めた黒のパンツ、小粋な白のデッキシューズで決めた俺を下から舐める彼女はいとおしくてたまらなくセクシーでセクシーでセクシーだった。薄ら赤く紅葉する頬に触れたら消えてしまうそんな気がして、、、。

目が覚めると見慣れぬ天井。当たりを見渡すと真っ白なカーテンに真っ白なベッドで彼女と二人。「やっと起きたわね。私は同じ高校でクラスメートだったのよ覚えてたかしら?」俺は状況を飲み込めず思考巡らすが何か普段と違う。「板野春馬さん私雪子よ。近藤幸子。貴方は学生時代、当時クラスメイトからいじめられる私をいつも助けて作ってくれた。私が山で男たち数人からレイプされそうになっている時あなたはそいつらを殴り飛ばし私を守ってくれた。春馬さんなら私をめちゃくちゃにしてもいいって言ったのにあなたは無言でその場を立ち去ったの。フフフッ。まぁいいわ。あなたが朦朧としている原因はこれ。ハルシオン30錠のおかげよ。BARのマスターが真っ赤な情熱を降り注いだ後、マスターと貴方はお酒の歴史を楽しそうにお話ししているその時、あらかじめ粉々にした真っ白な情熱を真っ赤なワインにブレンドさせてあげたの。そんな私の愛情たっぷりのお酒を美味しそうに飲むあなたはやっぱり殺したくてしょうがなかった。あなたに振り向いてもらうため何でもやった。大金を手にし美しい美貌も手に入れた。やっと振り向いてくれた昨日。もう遅かった。恋するあまり願うばかりいつしかその思いは憎悪へ変わってこの美しく変化した私に振り向いたその時、殺害しようって。それを想像するとね私のが凄く熱くなって。だから今もね、ものすごく興奮している。ありがとう。」そう言うと雪子は俺の肩に鋭く尖った果物ナイフを振りかざした「痛い?」そう雪子が言ったが朦朧とする中、もはやこれが現実なのかどうかもわからずいると彼女は紅葉する頬で一瞬笑うと一気に刺さったナイフを俺の肉から抜き去った。流れ落ちる血液を雪子はゆっくり上腕二頭筋から三角筋にかけ下を這わせる顔は女の顔をしていた。次に心臓近くにナイフが骨と肉を突き破ると俺は意識を失った。CPUで丸二日間過ごした後、一般病棟に移動するため車椅子に乗る道中、俺を押すはずだった看護師と変わりそこには'Nのマスターが代わりに押し病棟へと送り出してくれた。車椅子はゆっくりと走り出す。「雪子はお前を刺した後そのままマンションから飛び降りて亡くなった。」病棟の301号室に着くとマスターは車椅子から手を離し病室を後にした。病室の窓から無限に広がる空を眺める。学生時代からずっと愛していた雪子は遥か彼方へ旅立った。

2021年1月1日元日
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