純潔花嫁―無垢な新妻は冷徹社長に一生分の愛を刻まれる―

 翌日も、睡は雑用でさえ楽しんで率先して行っている。師走も半ばの今日は、店の前を皆寒そうに肩を縮めて忙しなく通りすぎていく。

 ヱモリが開店するのは午前十一時。その十分前、外のごみ置き場に袋を置いた睡が店に戻ろうとしたとき、通りの向こうから見覚えのある人物がやってくるのに気づいた。

 鈍色の着物を纏った相手も睡を見て、半信半疑な様子で目をまん丸にする。


「え……睡蓮、さん?」
「兼聡さん!」


 整髪料を使っていない自然な髪型に、中性的な顔立ちの青年は紛れもなく兼聡だ。吉原を出て以来の再会に、睡は嬉しさを隠せず声を上げた。

〝信じられない〟といった表情で立ち尽くす彼に、満面の笑顔で駆け寄る。


「こんなところで会えるなんて! 元気そうでよかっ──」


 目の前まで近づいた途端、彼の手が伸ばされ、あっという間に引き寄せられた。

 廓でよく嗅いだ、独特の(びん)づけ油の甘い香りが鼻をかすめる。見た目よりもずっとしっかりした胸に抱き留められ、睡は驚きと混乱でいっぱいになる。


「か、か、兼聡さん!?」
「睡蓮さんだ……夢じゃない」


 思いのほか強い力で抱きしめられてマネキンガールのごとく固まる睡の耳に、感極まった声が響く。
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