純潔花嫁―無垢な新妻は冷徹社長に一生分の愛を刻まれる―
「知らない間に突然いなくなってしまったから悔しかったし、寂しかったし……会いたかった」
切なさが滲む声色に、睡の鼓動が大きく乱れる。まさか兼聡が、ここまで自分との別れを惜しんでいたとは思わなかった。
呆気に取られていると、道行く人が遠巻きに見ながら「お熱いねぇ」と小声で囁いていることに気づく。兼聡もはっとして、飛び退くほどの勢いで身体を離した。
「ああっ、すみません! 睡蓮さんに不躾に触れてしまうなんて……!」
一気に怯えた表情になり今にも土下座しそうな姿を見て、睡はぷっと噴き出した。
花魁に触れられるのは限られた豪商や大地主だけ。その考えが抜けないのであろう彼に、くすくすと笑う。
「兼聡さん、私はもう睡蓮ではありませんよ。本名は峯……九重睡というんです」
九重の苗字に慣れておらず、旧姓を名乗りそうになった。こうして時雨と同じ苗字を口に出すのは、まだ恥ずかしくてむず痒くなる。
彼女が照れているのに気づいていない兼聡は、「睡、さん」と初めて知った本名を新鮮な気持ちで呼んでみた。
睡は頷いて微笑む。