純潔花嫁―無垢な新妻は冷徹社長に一生分の愛を刻まれる―
彼を見た瞬間、睡は昼間の出来事を思い出してギクリとする。
「睡!」
花街の手前で会ったときと同様に、焦燥に駆られているのが明らかな時雨が一直線に向かってくる。
彼が帰宅するのはだいたい午後七時頃であり、そもそもヱモリに来ることはなかったため動揺する。いやそれよりも、彼をないがしろにしてしまったことを怒られるのでは?と、睡は身構えた。
「時雨さん、今日は早かっ──」
とりあえず笑顔でごまかそうと、ぎこちなく口角を上げたものの、最後まで言い終わる前に彼の腕に捕らわれた。
調理場には江森夫妻がいるというのに構わず抱擁され、睡は目を白黒させる。今日はよく抱きしめられる一日である。
「なっ、ど、どうしたんですか!?」
「……ちゃんと帰ってきていて安心した」
一気に赤くなった睡の耳元で、時雨は安堵のため息交じりに本音をこぼした。あれからずっと心配していたのであろうことがわかり、睡の口元が自然に緩む。
「『信じて』と言ったでしょう。私が帰る場所はひとつしかないんですから」
身体の力を抜いて穏やかに囁き、意外にも心配性な彼の背中にそっと手を回した。