純潔花嫁―無垢な新妻は冷徹社長に一生分の愛を刻まれる―
考えてみれば、時雨は強引なわりに命令することはないし、基本的に睡の意思を尊重する。だから今回も、睡が自ら彼のために行動しなければ喜ばないのかもしれない。
ではどうすればいいだろうかと、思案し始めたときだった。
ふいに足を止めた時雨が、睡の頬に手を伸ばしてくる。彼のほうへと顔を向けられた次の瞬間、伏し目がちの美麗な顔が近づいて、距離はゼロになった。
──唇に重なる熱、瞳に映る繊細なまつ毛、優しい息遣い。
五感すべてで彼を感じるのに、なにが起こっているのか理解が追いつかない。目を見開いて硬直する睡に、唇を離した時雨は視線を絡ませ、わずかに口角を上げる。
「今日はこれで許してやる」
魅惑的な低い声で囁いた彼は、睡の手を取って何事もなかったかのごとく再び歩き始めた。睡は呆然としたままついていく。
……初めて、口づけをされた。
(し、信じられない……時雨さんが、私に……なんで!?)
先ほどまで冷たかった指先が、じんじんするほど熱い。心の中も徐々に高揚してきて、悶えたくなるほどもどかしい。
時雨の心情はいまいち読めないが、睡自身ははっきりと自覚していた。
彼に求婚されたときも、口づけされた今も。こんなに嬉しい気持ちが溢れてくるのは、とっくに恋に落ちていたからだったのだと──。