純潔花嫁―無垢な新妻は冷徹社長に一生分の愛を刻まれる―
「火事だ! 早く逃げろ!」
「誰か消防を呼んで!」
大声と共に廓の中から次々と人が飛び出してきて、辺りは一気に混乱状態に陥る。睡の頭には、中へ入っていった親友の姿が真っ先に浮かぶ。
彼女の部屋は二階の奥まった場所にある。逃げ遅れたらひとたまりもない。
「四片……!」
睡は震える声を漏らし、咄嗟に駆け出した。自分は無力だとわかっていても、なにもせずじっとしてはいられない。
建物から出てくる人の流れに逆らって、空気が灰色に濁った廓の中へ飛び込んだ。
奥に進むにつれて煙の濃度が濃くなり、揺れる炎も見えてくる。二階に続く階段のほうへ向かおうとするが、景色は見慣れたそれとは様変わりしていてどう進めばいいかもわからない。
「四片! 四片、どこ!?」
着物の袖で口元を覆いつつ、必死に叫ぶ。
あちこちで木が焼けるぱちぱちとした音が鳴っていて、いつ崩れ落ちてもおかしくない。恐怖に負けないよう気持ちを奮い立たせ、名前を呼びながら目を凝らす。
そのとき、黒煙に交ざって着物の袖が揺れるのが目の端に映った。