純潔花嫁―無垢な新妻は冷徹社長に一生分の愛を刻まれる―
「す、い……っ」
よろよろと現れた四片が、建物の柱に手をついて咳き込む。目を見開いた睡はすぐさま駆け寄り、彼女の身体を支える。
「四片! 大丈夫!?」
「うん……ちょっと煙吸っちゃっただけ。もう、なんで来るのよ……このお人好し」
「いいから、とにかく逃げるよ」
苦しげな四片の腕を、睡が自分の肩に回そうとしたとき、彼女の手からなにかがこぼれ落ちた。
「あっ、簪が」と言う彼女の声で、頼んであった玉響の簪だと気づく。睡は四片に先に行くよう促し、急いで手を伸ばしてそれを拾い上げる。
迫る炎で明るくなった手のひらの中を見た一瞬、睡は時間が止まったかのごとく静止した。
──金色に輝く、片羽の蝶。
玉響の髪に止まっているのを見た覚えはないが、睡は同じ蝶をよく知っている。愛しい彼のネクタイで、毎日羽を休めていたから。
(姉さんが本当に愛していたのは、まさか……)
心に衝撃を受けて動けない睡の頭上で、木が裂けるような異様な音が響く。
「睡!」
四片の叫び声が響くとほぼ同時に、はっとして上を見上げる。
崩れた柱が暗黒の悪魔のように向かってくる中、美しく恐ろしい、赤い炎が優雅に踊り狂っていた。