純潔花嫁―無垢な新妻は冷徹社長に一生分の愛を刻まれる―
片羽蝶々

 大正時代が始まったその年、玉紀(たまき)は七歳にしてその名を捨てた。

 もちろん自ら望んだわけではない。女手ひとつで育てていた母親が病で突然亡くなり、途方に暮れているところを女衒に連れ去られていったのだ。母親が作った借金も多かったため、玉紀は働くしかなかった。

 母親は、父親である男には迷惑になるからとずっと玉紀の存在を知らせていなかった。しかし亡くなる少し前、玉紀と出かけていたときに偶然彼と再会したのをきっかけに事実を打ち明けたのである。

 父親は社長という立場の別世界にいるような人で、とても裕福な暮らしをしていた。正妻と、ひとりの息子と共に。

 玉紀の母はただの愛人であり、玉紀自身も存在すら知られていなかった。父親はともかく、彼の家族はこれからもなにも知らずに生きていくのだろう。その事実を理解したときは虚しさしかなく、皆が憎いと思った。

 ところが、玉紀の存在に気づいた者がもうひとりいた。父親と会ったとき、たまたまこちらも一緒にいたひとり息子である。

 異母兄妹の兄に対しても玉紀はまるで子犬のように威嚇していたが、彼はそれをものともせず、目線を合わせてこっそり声をかけた。
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