純潔花嫁―無垢な新妻は冷徹社長に一生分の愛を刻まれる―
『玉紀、寂しくなったらいつでもうちにおいで。父さんと母さんには内緒でね』
そんなふうに優しく受け入れられると思っていなかった玉紀は面食らって、すぐさま母の後ろに逃げ隠れてしまった。どうやら彼は、父たちの会話を聞いて玉紀がどういう関係かも理解したらしい。
四歳年上の兄はこのとき十一歳だったにもかかわらず、とても聡明で大人びて見えた。なにより、王子様と見紛うほど整った容姿と態度は、一瞬で玉紀の頭と心に焼きついたのだった。
結局、彼とはそれきり会うこともなく、玉紀は吉原で生きていかざるを得なくなった。
玉響と名づけた女将や、同じ遊女見習いの仲間たちとはいつしか家族のようになり、居心地は悪くなかった。もともと器量よしの彼女は、成長するにつれてさらに美しさに拍車をかけていく。
そうして、美貌も能力も優れた藤浪楼一の花魁として有名になった頃。
「玉紀か……?」
廓の外で忘れかけていた名前を呼ぶスーツ姿の人物を見て、玉響は呼吸困難に陥りそうなほど驚いた。
十年以上前にたった一度会ったきりなのに、ひと目でわかった。成長した彼はきっとこんなふうに眉目秀麗な男性になっているだろうと、何度も想像していたから。