純潔花嫁―無垢な新妻は冷徹社長に一生分の愛を刻まれる―
変わらぬ日々が一年ほど続いたある日、久しぶりに会いに来た時雨が驚くべきひとことを告げた。
「俺が玉紀を身請けする」
玉響はこれでもかというほど目を見開き、戸惑いの声を漏らす。
「えっ……」
「ようやくまとまった金が用意できそうなんだ。ここから出て、俺と暮らせばいい」
二カ月ほど前、父親が亡くなり彼が跡を継いで社長になるという話を聞いた。そのおかげもあって金のやりくりができるようになったのだろうが、まさか身請け話を出されるとは。
ここから出そうとずっと考えていたのだと思うと、感極まって涙が出そうになる。
「ありがとう、兄さん……すごく嬉しい」
玉響は瞳を潤ませつつ、笑顔で礼を言った。
しかし、その申し出を受けるわけにはいかない。涙を堪え、役者になりきってしっかりとした声を紡ぐ。
「でも、ごめんなさい。私、間夫がいるの」
時雨は不意打ちを食らったように瞠目した。
彼は残されたたったひとりの家族を救おうとしているが、玉響は彼を愛してしまっている。決して報われない想いを抱きながら兄妹として一緒に暮らすのは、きっと廓にいる以上につらい。