純潔花嫁―無垢な新妻は冷徹社長に一生分の愛を刻まれる―

 だから、世界がひっくり返っても彼のもとには行けない。


「その人が身請けしてくれるって約束しているから、それまで待つわ」


 腹を括ると、不思議と堂々と嘘をつくことができた。時雨は半信半疑な様子で、凛々しい眉根を寄せて確認する。


「本当に? そいつは信用できる男なのか?」
「大丈夫よ。兄さんって案外心配性よね」


 玉響は軽く笑い、でたらめな説明をしてなんとか彼に納得してもらった。

 最終的に「よかったな、いい人が見つかって」と、安心したような笑みを浮かべる彼に心はきりきりと痛み、別れたあとひとり隠れて泣いた。



 ──ぐらりぐらりと、視界が歪んで回る。

 そんな異常を感じ始めたのは、時雨からの身請けを断って数カ月経った頃からだ。時々強い眩暈を覚え、平衡感覚を失って床にへたり込むことがあり、その頻度は日に日に増している。

 今日もそんな状態で布団の上でうずくまっていたとき、襖の向こうから「姉さん、ご飯だよ」と睡蓮の声が投げかけられた。

 それをぼんやり耳に入れるだけで玉響が答えずにいると、不思議に思った睡蓮がそっと襖を開ける。
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