純潔花嫁―無垢な新妻は冷徹社長に一生分の愛を刻まれる―
「昨日、大地主の旦那が身請けを願い出てきたわ」
「……受けるのか?」
「まさか。私は誰のものにもならない。死に場所くらい選ぶつもりよ」
近いうちに死が待っているのなら、好きなときに逝きたい。愛する人のものにも、誰のものにもならずに、自由に舞う蝶のように生涯を終えたい──それが、今一番に望むことだった。
「玉響、まさか……」
思惑を察した瑛一は、焦りや悲しみを入り交じらせて表情を歪める。玉響は上体を起こし、〝なにも言わないで〟と伝えるように唇を塞いだ。
「私との最後の秘密にしておいてね」と囁き、瑛一の顔を両手で包み込む。
「瑛一さん、私はあなたにすごく救われた。本当に感謝してる。あなたにも、心から愛した人と幸せになってほしい」
笑顔で伝えると彼の瞳に涙の膜が張るのがわかり、つられて込み上げるものを玉響は必死に堪えていた。
翌日、睡蓮に最後の思いを伝えたあと、皆が寝静まった頃に玉響はひとり部屋を抜け出した。新造たちが眠る部屋の前を、名残惜しさを感じながら通りすぎる。
(睡蓮、ごめんね。あんたも素敵な人と幸せになるんだよ。絶対にね)
大切な人たちの明るい未来を想像すると、絶望で真っ暗な心に希望の光がほんのり灯る。その小さな灯りと、片羽の蝶の簪を道連れに、玉響は藤浪楼を抜け出した。