純潔花嫁―無垢な新妻は冷徹社長に一生分の愛を刻まれる―
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『時雨』
夢の中に時々現れる彼女は、現実ではほとんど呼んだことのない名前を口にして微笑む。
その夢から醒めて真っ先に視界に映るのは愛しい妻の寝顔で、それを見るととてつもなく安心するのだ。大切な人が今生きていることに感謝したくなる。
そしてネクタイピンをつけるとき、再び彼女を思い出す。
時間にすれば、会ったのはほんのわずかな異母妹。彼女が身請けされる前に自ら命を絶ったと知ったときは、放心状態でなにも手につかなかった。
愛する人と結ばれるはずだったのに、なぜ。
ひどい仕打ちでも受けたのか、騙されたのかなどと様々な憶測が渦巻いていたが、いつしか考えるのはやめた。それが明らかになったところで、玉紀が帰ってくるわけではないのだから。
ただ、遊郭に対してさらに失望したのは否めない。元から女性を売り物にするのは否定的だったが、命さえも奪う恐ろしい場所だという印象が植えつけられた。
きっともう関わることはないだろう。……そう思っていたのに、峯村哲夫の頼みでまた吉原に行くことになるとは。