純潔花嫁―無垢な新妻は冷徹社長に一生分の愛を刻まれる―

「ひと目惚れだ。……というのは理由にならないか?」


 そこで初めて、隙のない九重の口元がふっと緩んだ。睡蓮の胸の奥で、鐘に似た音が鳴る。目が泳ぐほど動揺するのは、彼女にとっては珍しい。

 女将は一瞬目を丸くしたものの、すぐに冷静な顔に戻る。しばし黙考したのち、なにかを決めたようにひとつ頷く。


「……わかりました。では、九重様がこの子に値段をつけてやってくださいませ。言い値で売りましょう」


 その言葉に、芸を披露するのも忘れて静観していた皆は、口々に驚きの声を上げた。

 身請け時に払う金は、その遊女が着物や寝具を買うために背負った借金や、遊郭に売られてきたときの身代金などを合算するので、かなりの高額になる。その金額を客に委ねるというのもまた前代未聞だ。

 一体なぜ女将がそんなことを持ちかけるのか、九重はいくらの価値をつけるのか。皆と一緒に睡蓮も酷く困惑しつつ、固唾を呑んで見守る。

 しかし、その時間はわずかなものだった。九重は忌々しげに眉をひそめ、すぐに返答する。


「値段などつけられるものか。彼女は商品ではなく、ひとりの人間だ」
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