純潔花嫁―無垢な新妻は冷徹社長に一生分の愛を刻まれる―

 幼い頃に遊郭に来た日から、厳しくしつけ、温かく接してくれる女将は母親のような存在だった。疎ましく思うときもあったが、すべてこの世界で生きていく自分のためにしてくれたことだったと、今ならわかる。

 〝おさらばえ〟は、さようならを意味する廓言葉。突然すぎる別れに心がついていかない。


『身請けしたいって人が現れたら、あんたは迷わずその人のもとへ行くんだよ』
『幸せにおなり』


 玉響の言葉が頭に過ぎる。幸せになれるかは皆目見当もつかないが、断る理由もない睡蓮には選択肢はひとつしかない。

 覚悟を決めてゆっくり腰を上げ、皆の視線が集まる中、下座に移動する。九重と女将の前に座り、睡蓮は丁寧に頭を垂れる。


「女将さん。長い間お世話になり、ありがとうございました」


 この場で初めて愛らしく澄んだ声を発した彼女を、九重は静かに見下ろしていた。



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