純潔花嫁―無垢な新妻は冷徹社長に一生分の愛を刻まれる―
睡はひと月前まで、春を売る場所──吉原遊郭にいた。花魁になりたての身だったのだ。幸い、誰にも肌を許さないまま廓を出ることができたが、男を悦ばせる手練手管の知識だけはある。
たとえば、吉原では昔からむやみに唇を重ねないことが良しとされていた。花魁がそれをするのは上客とだけ。相手に特別感を持たせ、満足させる行為なのだと。なのに、今の自分はされるがままだ。
睡はもう花魁ではなく、時雨も客ではない。れっきとした夫婦だ。それでもやはり、ずっと言い聞かされてきたことを実行しないと、経験のない自分では満足させてあげられないのではないかと不安になる。
はだけた着物の衿を掻き合わせて眉を下げていると、時雨は簪をテーブルの上に置き、睡の正面に胡坐をかいて座り直した。
「じゃあ、君の好きにしていいよ」
少々いたずらな笑みを浮かべ、〝どうぞ〟というふうに手を広げる。いざ好きにしていいと言われると、睡は「う……」と身体を強張らせてためらってしまう。
尻込みしてどうするのだ。優柔不断では呆れられてしまう。情熱的な口づけを彼のほうからされるのはとても嬉しいが、惚けてはいられない。