純潔花嫁―無垢な新妻は冷徹社長に一生分の愛を刻まれる―
きっと彼女は聞いているはずだが、物音ひとつしなくて寂しさが募る。
ちゃんと顔を見て、しばしの別れを告げたかった。十年も同じ屋根の下で過ごしてきたのに、こんなふうに離れるのはやはりつらい。
だが、希望は捨てない。約束したように、四片には絶対に生きてここを出てきてほしい。そうしたら、お互いに普通の女としての生活をして、また笑い合いたい。
望みを抱いたまま、最後に「またね」と声をかける。直後、中から衣擦れの音が聞こえた気がしたが、睡蓮はそっとその場を離れた。
午前十一時、見世の外へ出ると、昨日と同じ眉目秀麗な男が待っており、やはり夢ではないのだと実感する。
町娘と同じ地味な着物を着て、長い髪の毛も派手な髷ではなく、後ろで団子のようにまとめた自分は、彼の目にどう映るのだろうか。
花魁ではない姿をしていることに大きな違和感と不安を抱きつつ、見送りに出てくれた女将に頭を下げる。
「女将さん、本当にお世話になりました」
「稼ぎ頭がひとり減っちまって、見世にとっちゃ大打撃だわ。岩政さんにもなんてお詫びしようかね」
「すみません……でも、これは不可抗力です」