純潔花嫁―無垢な新妻は冷徹社長に一生分の愛を刻まれる―
相変わらずざっくばらんな女将に肩をすくめると、彼女は「わかってるよ」と言って明るく笑った。そして真面目な表情になり、睡蓮の肩に優しく手を置く。
「大切にしてもらいなさい。二度と戻ってくるんじゃないよ」
厳しい言葉に聞こえるが、これは女将なりの励ましである。遊郭に出戻ったら最後、もう一生出ることは許されない。決してそうならずに幸せになりなさい、という意味だ。
睡蓮は込み上げるものを感じながらも、背筋を伸ばしてしっかりと頷く。
「はい。本当に、今までありがとうございました」
もう一度深々と頭を下げ、廓の母に綺麗な笑顔を向けると、新たな主人のほうへと身体を向けた。
妹女郎にも見送られながら、唯一遊郭への出入りができる吉原大門へと歩き出す。九重は斜め後ろをついてくる睡蓮を振り返り、彼女が抱える風呂敷の包みを視線で示す。
「荷物はそれだけ?」
「はい。必要のないものはすべて渡してきました」
花魁の派手な着物一式も、やや値を張る布団も、妹女郎に託してきた。それ以外で持っていくものは、普段使いの着物と小物くらいだ。
一般女性よりも質素で、とても花魁だったように見えない睡蓮を見下ろし、九重は軽く頷く。