純潔花嫁―無垢な新妻は冷徹社長に一生分の愛を刻まれる―
渋々乗り込んだが、車に乗るのも初めてなので、動き出した瞬間に一気に意識がそちらへ向かう。
「動いてる……! これが車というものですか!」
「なんだ、初めてか」
目を白黒させる睡蓮を、九重は物珍しそうに見る。車を所有しているのは上流階級が多いが、ここまで驚く者はあまりいない。
睡蓮はこくこくと頷き、窓に貼りついて興味津々で街並みを眺める。
大正時代から増えだした洋風建築の建物や、着物ではなく長いスカートをひらめかせる女性の姿は、古風な遊郭にいた彼女にとってはとても新鮮である。
「街は雰囲気がまるで違いますし、洋服を着た人もたくさん……。あの女性の方々の髪型は珍しいですね」
カールした髪の毛で耳を隠し、残った髪を後頭部で纏めた、斬新な髪型の女性がちらほらいる。あれはどうやっているのだろうと考えると、ふいに髪を結ってくれていた兼聡の顔が浮かんだ。
兼聡とも、なにも挨拶ができないまま別れることになってしまった。心残りはあるが、とにかく彼にも元気でいてほしいと願う。
侘しさを紛らすように、物珍しいものをあれこれ見つけてはひとり言を喋り、圧巻のため息を漏らす。