純潔花嫁―無垢な新妻は冷徹社長に一生分の愛を刻まれる―

 渋々乗り込んだが、車に乗るのも初めてなので、動き出した瞬間に一気に意識がそちらへ向かう。


「動いてる……! これが車というものですか!」
「なんだ、初めてか」


 目を白黒させる睡蓮を、九重は物珍しそうに見る。車を所有しているのは上流階級が多いが、ここまで驚く者はあまりいない。

 睡蓮はこくこくと頷き、窓に貼りついて興味津々で街並みを眺める。

 大正時代から増えだした洋風建築の建物や、着物ではなく長いスカートをひらめかせる女性の姿は、古風な遊郭にいた彼女にとってはとても新鮮である。


「街は雰囲気がまるで違いますし、洋服を着た人もたくさん……。あの女性の方々の髪型は珍しいですね」


 カールした髪の毛で耳を隠し、残った髪を後頭部で纏めた、斬新な髪型の女性がちらほらいる。あれはどうやっているのだろうと考えると、ふいに髪を結ってくれていた兼聡の顔が浮かんだ。

 兼聡とも、なにも挨拶ができないまま別れることになってしまった。心残りはあるが、とにかく彼にも元気でいてほしいと願う。

 侘しさを紛らすように、物珍しいものをあれこれ見つけてはひとり言を喋り、圧巻のため息を漏らす。
< 34 / 247 >

この作品をシェア

pagetop