純潔花嫁―無垢な新妻は冷徹社長に一生分の愛を刻まれる―

「東京ってすごい……外国に来たみたいです。外国がどんなところかは知りませんが」
「くっ」


 窓の外を眺めたままひとりで喋り続けていたとき、黙って聞いていた九重が噴き出した。

 隣を振り向くと、窓枠に肘をついた彼がおかしそうに笑っている。その邪気のない顔を見ると心地よさを感じるのはなぜだろうか。


「君は面白いな。いろいろな場所に連れて行って、反応を見てみたくなる」


 今の言葉にも裏があるのかとつい勘繰ってしまうが、特に変な思惑はなさそうだ。

 ただ単に馬鹿にされているだけだったりして……と微妙な心境になっていると、彼は真面目な顔に戻り、唐突に尋ねる。


「君の本名は、峯村(みねむら) (すい)で合っているか?」


 長い間呼ばれることのなかった名前を口にされ、黒目がちな瞳が大きく見開いた。


「そう、でしたね……。すっかり忘れていました」


 もう花魁ではない自分は、これからは〝睡〟に戻る。あまりいい思い出がない、この名前だった頃の記憶が蘇り、冷笑を漏らした。

 今しがたの興奮っぷりとは打って変わって目線を落とす睡を、九重は横目で見ながら言う。
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