純潔花嫁―無垢な新妻は冷徹社長に一生分の愛を刻まれる―
しかし、もう後の祭りだ。時雨にできるのは、この娘が遊郭にいたとき以上に幸せな生活を送れるよう助けること。
そのためにどうすべきかを頭の中で整理し、時雨はそっと腕を離した。
睡を起こさないようにベッドを抜け出して支度をする。
朝食は昨日のうちに菊子がふたり分用意しておいてくれたので、それをいただいた。今日も彼女は働きにやって来るし、睡には適当に過ごしていてもらえばいいだろう。
丈の長いコートを羽織り、居間のソファに置いておいたビジネスバッグを持って出ようとしたとき、慌ただしい足音が聞こえてきた。
夜着をまとったまま、少し乱れた長い髪をなびかせ、申し訳なさそうに眉を下げた睡がひょっこりと現れる。
「時雨さん、すみません! とっても寝心地がよかったせいか、寝過ごしてしまって……」
次第に頭を垂れてしょんぼりする彼女に、時雨はふっと短く笑って玄関へと向かう。
「別に寝ていてくれていいのに。見送りもいらないぞ」
「そうはいきません。後朝の別れと言われるように、共寝した殿方と別れる朝はお見送りするのが鉄則なので」
「花魁ごっこはまだ続いていたのか」