純潔花嫁―無垢な新妻は冷徹社長に一生分の愛を刻まれる―
くっついてくる睡に半笑いで返すと、彼女はなにかを思いついたように「あっ」と小さく漏らした。靴を履いて振り向いた時雨を、上目遣いで見つめる。
「旦那様にすぐに会いたくなってしまいそうです。早くお帰りになってくださいね」
昨夜と同じ甘えた声と微笑みを向けられ、時雨は一瞬ぽかんとしたあと、整った眉をぐにゃりと歪ませた。
花魁風の見送りに挑戦してみた睡は、変なものを見るような時雨の反応に口の端を引きつらせる。
「そんなに嫌そうな顔をしなくても」
「……やはり遊郭に通う男の気が知れない」
呆れた調子で呟いた時雨がさっさと玄関のドアを開くので、睡は慌てて「あっ、いってらっしゃいませ!」と声を投げかけた。
ドアが閉まったあとで後ろを振り返り、小さくため息をつく。昨日と同様、不意打ちであんなふうにされると多少動揺するが、演技だと思うとどこか物足りない気分になる。
(……素で言われればもっとそそられるのかもしれないな)
なぜか妙な思考が浮かぶ頭を軽く振り、時雨は車が待つ門へと歩き出した。