純潔花嫁―無垢な新妻は冷徹社長に一生分の愛を刻まれる―

 時雨が社長を務める心英社は、明治の産業革命を受けて設立された紡績会社である。中小紡績を合併して規模を拡大し、今では本州の各地に最新の機械を導入した工場と、十分な労働力を持つ大企業だ。

 ここまで社を大きくした前社長への評判は相当なものだったが、息子の時雨もかなりの切れ者だと期待を寄せられている。

 有能な後継者であり、百獣の王のように強く堂々とした振る舞いから、密かに〝孤高の嗣子(しし)〟と呼ばれているほどだ。

 現在、綿糸や綿織物の輸出が輸入を大きく上回っている状況で、日本経済の一翼を担っていると言っても過言ではない。

 しかし、世界情勢によってはいつ低迷に陥るかもわからない。綿工業ばかりに頼らず日々発展させていかなければならないと考え、時雨は社長に就任する前から試行錯誤していた。

 そのひとつとして研究を進めているのが合成繊維である。日本でこの生産を試みている企業は稀だが、あるとき心英社の他にも製造法を研究する者たちが存在することを知った。

 彼らは、峯村哲夫が所有している繊維工場で技術者として働いているという。しかし、哲夫はその研究には否定的であり、協力を得られない技術者たちは資金面や環境の悪さで苦労していた。
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