純潔花嫁―無垢な新妻は冷徹社長に一生分の愛を刻まれる―
時雨の強引なところは昔から変わらない。なのに、根は温かい性格なので憎めず、お人好しな茨は結局どんな依頼も毎回受けることになるのだが、すぐに気が乗るわけでもない。
ずれたカンカン帽を取り、ソファにだらりともたれて情けない声で呟く。
「この間の人捜しが楽だったかと思えば、なんて人使いの荒い……。あー、俺も睡蓮ちゃんにひと晩癒してもらおうかな」
「駄目だ」
咄嗟にぴしゃりと放った時雨を、茨はキョトンとして見やる。時雨自身、彼の発言が冗談であることくらいわかるのに、なぜ本気で制してしまったのかが理解できず書く手を止めた。
ほんの数秒、時が止まったようにお互い固まっていたが、時雨はややぎこちなく目を逸らして再び万年筆を動かし始める。
「彼女はもう花魁じゃない」
もっともな理由を口にすると、じっと時雨を見つめていた茨も、睡について以前少しだけ聞いたのを思い出す。
「ああ……そういえば父親のもとに連れて行くとか言ってたっけ。でも、その父親が怪しいことしてるかもしれないんだろ? 本当にそうだったらどうするんだよ、彼女は」