純潔花嫁―無垢な新妻は冷徹社長に一生分の愛を刻まれる―

「それはよかった、安心しました。あのー……早く睡に会いたいのですが」
「申し訳ありませんが、今日は連れてきておりません」


 きっぱりと言い放たれ、哲夫の顔から笑みが消えた。

 意味がわからない様子で「なぜ……」と呟く彼を、時雨も無表情になって見据える。


「ひとつお聞きしたいのですが、娘さんと最後にした会話を覚えておいでですか?」


 突然そんな質問をされた哲夫は、表情を強張らせる。質問の意図が理解できないせいか、はたまた別の理由か。


「そんなことを聞いてどう──」
「お答えください」


 ぴしゃりと言葉を遮り、厳しい視線を突き刺す。そんな時雨にわずかに委縮したのか、哲夫は目を泳がせて黙り込んだ。

 しばらく待っても答えが返ってこないので、時雨は冷淡な笑みを口元にだけ浮かべる。


「やはりわかりませんか。まあ無理もないでしょうね、人形は喋りませんから」


 強調した最後の言葉に、哲夫が明らかにぎくりとしたのを、時雨は見逃さない。

 睡の話が本当である証拠はなにもないので、彼女が大袈裟に話している可能性もゼロではなかった。今日ここへ来たのは真実を確かめるためでもあったが、やはり彼女を信じて正解だったようだ。
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