純潔花嫁―無垢な新妻は冷徹社長に一生分の愛を刻まれる―

「こんなの駄目って、わかってる……でも好きなの。愛してるの」


 乱れた呼吸の合間に、涙交じりに訴える。それに対して、「俺もだよ、玉響」と優しく切なげな声が返った。

 遊女は誰に対しても甘いセリフを吐く。それが仕事であり、疑似恋愛を楽しみたいだけの男性も多いから。

 しかし、今の言葉はきっと本心だ。情事の最中でさえいつも余裕さを滲ませている彼女の、あんなに切なく濡れた声は聞いたことがない。


(……玉響姉さん。結ばれてはいけない人でも、止められないほど好きな人に出会えたなんて、幸せなことよね)


 睡蓮は心の中で声をかけ、瞼を伏せて襖から顔を背ける。梅の花が描かれた振袖を、金魚の尾のように揺らしてその場をあとにした。


 ──それからひと月後、玉響は二十三歳の若さで亡くなった。

 遊女の逃亡を防ぐ目的で、廓を囲っている〝お歯黒どぶ〟と呼ばれる水路に、自ら身を投げたのだ。滅多に着ることのない、白い(あわせ)を纏って。
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