純潔花嫁―無垢な新妻は冷徹社長に一生分の愛を刻まれる―
哲夫の事実を知らせるのはあまりに酷なので黙っておくつもりだ。彼のもとに行くのを拒否していたとはいえ、あのような事態になって睡は本当に身寄りをなくしてしまった。そうした責任は時雨自身にもあると重々承知している。
しかし、これから睡に対して行おうとしていることは責任感からではない。ただただ彼女を放っておけないという、心の奥から湧いてくる素直な感情に従うだけだ。
師走の直前にしては緩んだ空気が肌を撫でる午後、自宅に戻った時雨が玄関のドアを開けると、待ち侘びたかのように睡が小走りにやってきた。
その顔には哲夫の件に対する不安や、時雨が帰ってきたことの安堵が入り交じっている。
「時雨さん……! おかえりなさいませ」
複雑な心情を露わにする睡は、それから先の言葉が出てこないらしく目を泳がせる。
時雨は真剣かつ柔らかな眼差しで彼女を捉え、一枚の紙切れを差し出した。
「君は、俺が意地悪なだけでなく強引なこともわかっているだろうから、遠慮はしない」
帰宅早々出された用紙を戸惑いつつ受け取った睡は、そこに記された〝婚姻届〟の文字を見下ろして息を呑み、目を見開く。
「これから〝九重 睡〟にならないか」
確固たる意思を感じる時雨の声が、睡の鼓膜と心臓を大きく揺さぶった。