この恋が手遅れになる前に
章吾さんの奥様は取引先の社長の娘さんだ。この結婚で新事業拡大の話はさらに進展することだろう。
「政樹さん……朝加次長にもそんな話ありそうですよね」
政樹は社長の息子で営業部の次長だ。今のところ政樹が後継者と言われているけれど、従兄弟の章吾さんの方が年上のせいか役職は上だ。
「政樹はどうかな……なんか彼女いるっぽいし」
「へー、やっぱ同期だから古川さんにはそういう話するんですね」
本田くんはこれまた明るい声を出した。この子は今年本社にきたばかりだから会社の人間関係に興味があるのだろう。
私が教育担当になった本田涼平くんは学生の時からアルバイトとして緑化管理部で働いていたとはいえ、本当に新入社員なのかと疑うくらい仕事ができた。一度教えたことはすぐに覚えるし、気が利いて営業としてはこれ以上ないくらいの逸材だ。知識も豊富で、植物を扱うアサカグリーンではどこの部署に配属しても問題ないのではと言われている。教育担当だけれどほとんど手がかからない後輩で助かっていた。
担当している会社に行った帰りに駅に行くと、信号機のトラブルで電車の運行が遅れていた。
やっと駅に到着した電車に乗ると乗客同士の体が当たるほどに混んでいる。
「古川さん、ここ立ってください」
本田くんは私をドアの横の隙間に促す。
「ありがとう」
私の前に本田くんが立って他の乗客と当たらないように壁になってくれた。
この子はこういうことを自然にできちゃうんだよね。
普通先輩後輩だからといってこんな近づきたくないのに、混んでいるとはいえ抵抗なく体を近づける。