この恋が手遅れになる前に
「ははっ、古川さんを見習ったら加藤さんのキャラが変わっちゃうよ」
背後で章吾さんが笑う。先ほどまで「奏美と呼んでしまう」と言っていたのに、もう自然と名字で呼べている。章吾さんのこういうところに苛立つ。
「あ、昨日ゴミ捨て忘れちゃった!」
加藤さんが突然大きな声を出した。
書類をシュレッダーにかけたゴミは前日の当番が半地下のゴミ捨て場に置いておくことになっている。ゴミ捨て場には外階段から降りることができる。
「外にあるごみ袋?」
「そうです、昨日階段に置きっぱなしで忘れちゃって……」
「私が下に行くからついでに持っていくね」
「すみません」
慌てて頭を下げる加藤さんに「大丈夫だよ」と言ってフロアを出た。
外階段のドアを開けるとゴミ袋が2袋置いてある。
さすがに2袋は持って降りるの危ないかな。
カバンとゴミ袋2つを抱えてヒールで階段を下りるのは遠慮したくなってしまった。
仕方なくエレベーターまで運ぼうとすると階段のドアが開いて涼平くんが顔を出した。
「俺も持ちます」
「いいの?」
「はい」
私の手からゴミ袋を2袋取ると階段を下りていく。
「ありがとう……」
結局2袋持ってもらって私まで降りることはなかったけど、申し訳なくて涼平くんと一緒に降りた。
半地下に置かれた大きなゴミ箱にゴミ袋を入れたのを見届けると「じゃあ私は行くね」と言って涼平くんに背を向けた。
「奏美さん」
呼ばれて振り返った瞬間抱きしめられた。
「ちょっと涼平くん?」
「部長と何話していたんですか?」
耳元で機嫌が悪そうな声を出される。
「別に何も……」
「奏美さんの顔が辛そうでした」
「え?」
「部長に何を言われました?」
「何も……何も言われなかったよ……」
涼平くんは私の額にキスをする。