この恋が手遅れになる前に

「ちょっと……ここは会社なんだから……」

「まだ誰も来ませんよ」

それでももし誰かに見られたら困ってしまう。

「奏美さんは俺のだって公表したいです」

「だめ!」

そんなことしたら仕事に支障が出る。社内恋愛は周りも気を遣う。だから章吾さんとのことは言っていなかったのだ。

「奏美さんは俺と付き合ってるんだって部長に知らせたいんです。もう奏美さんを縛らないでほしい」

「縛られてないから……それに、まだ付き合ってないでしょ……」

言葉を絞り出す。章吾さんは私のことはもう過去の女だと思っている。私だけが未だに前を向けていない。
涼平くんが一層強く抱きしめてくる。

「早く俺を好きになってください」

「っ……」

「じゃないと俺の方が奏美さんを縛っちゃいそうです……」

「それは怖いよ」

思わず口をついて出た言葉に涼平くんは焦りだす。

「いや、あの、引かないでください……奏美さんを困らせるつもりじゃ……」

耳元で聞こえる声は必死だ。私の言葉の一つ一つに左右されてしまう涼平くんが可愛いとさえ思う。
私がまだ章吾さんのことを想っているって分かっていても、この子は好きだと言ってくれる。それが堪らなく嬉しくて辛い。

涼平くんの肩を優しく押すと体が離れる。

「行ってくるね。帰社時間一応書いたけど、直帰するかもしれないから自分の仕事が終わったら帰っていいから」

「はい。いってらっしゃい」

涼平くんから目を逸らして裏口から会社の外に出た。

叶わない相手を想い続けるなんて苦しい。今涼平くんは私と同じ思いだろう。こんな報われない気持ちを持たせ続けるなんて私もかなり酷い女だ。

章吾さんを忘れないと。涼平くんと向き合おう。
想うことに苦しむよりも、想われた方が幸せじゃない。


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