この恋が手遅れになる前に

「だよねー。だから政樹くんに社長になってほしいかな」

あからさまには誰も話題にしないけれど、次の社長はどっちがいいかの派閥があることは知っている。章吾さんの方が役職も年齢も上。けれど社長の子は政樹だ。

「部長が最近機嫌が悪いなんて話も緑化には聞こえてくるよ」

「そんなところまで……」

政樹が本社に戻ってきてから章吾さんが落ち着きがないように見えるのは気のせいなんかじゃない。政樹は自分の進退をどう思っているかは分からないけれど、章吾さんは政樹の存在を気にしているのは確かなようだ。

「帰りは俺の車で送って行ってあげるよ」

「いえ! 申し訳ないので大丈夫です!」

始発がない時間に作業が終わる予定なのでタクシーで帰ろうと思っていた。

「遠慮しないで。俺が送って行かないと部長の車に乗せられそうだからね」

「そんなことは……」

「いや、多分それが目的で今夜来たんだよあの人」

椎名さんは章吾さんを嫌そうな顔で見つめる。元々章吾さんを良く思っていなかったのか、私を近づけるのが嫌なようだ。けれどもう章吾さんは私に興味がないから椎名さんの杞憂だと思う。

「安心して、俺には彼女がいるから古川ちゃんに手は出さないよ」

満面の笑みで言われて「知ってます」と苦笑する。
椎名さんは総務部の社員と婚約している。その人を溺愛していることは社内で有名だから、車で送ってもらっても誰もやましいことなど想像しない。

数時間後に作業が終わりライトアップした時にはあまりに綺麗で作業員から拍手が起こる。この瞬間が堪らなくて私は仕事が辞められない。商業施設に来るお客さんも感動してくれるといいなと思う。

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