この恋が手遅れになる前に

手を出されても嫌じゃないよ、なんてほんの少し思ってしまったことは内緒にしておこう。

「奏美さんが俺のことを本当に好きになってくれるまで抱きません」

勝手に宣言されて思わず噴き出した。

「笑わないでくださいよ。好きな人に部屋に誘われて必死に我慢してるんですから」

「ごめん……」

「だから早く俺を好きになってください」

真剣な目に吸い込まれそうだ。これは私の方が根負けしてしまいそう。
涼平くんが好きになったよって言った方がいいのだろうか。でもすぐに気持ちが変わるなんて調子がいいやつだと思われるかも。こんなに簡単になびくなんてチョロい女だと思われたくない。本当は私だって余裕がないのに。

見つめ合ってもお互いに言葉が出ない。もう車を降りなければ。けれど涼平くんが名残惜しそうな目をするから、その場で動けなくなる。

ああ、キスしたいかも。

でもこの間「勢いで涼平くんとそういうことしないって決めたから」なんて言ってしまった手前、私から求めるなんて恥ずかしい。

『奏美はきっと余裕ぶって我慢しちゃうと思うんだけど』

ふいに章吾さんに言われた言葉が脳裏をよぎった。

本当にその通りだ。私はまだ涼平くんに本音をさらけ出すのが怖い。

「涼平くん……おやすみなさい」

「おやすみなさい奏美さん」

「運転、気をつけてね」

「はい」

なるべく自然な動作で車を降りる。涼平くんの車が角を曲がって見えなくなるまで見送った。

きっと涼平くんはキスを期待していただろう。
でもまだ私は分からない。涼平くんに気持ちをぶつけられて揺れているだけなのか、本気で好きだと思っているのかを。

< 56 / 94 >

この作品をシェア

pagetop