この恋が手遅れになる前に

「ジューンブライドとは素敵じゃないか」

社長がそう言って微笑む。

6月だっけ? 確か章吾さんの結婚式はもっと先じゃなかっただろうか。

「予定はそんなにすぐでしたっけ?」

同じ疑問を他の社員が口にする。

「それは部長の口から報告しなさい」

社長に促されて章吾さんは一瞬私の顔を見てから「妻のお腹が大きくなる前に式を早めました」と言った。その意味を理解するのに時間がかかったけれど、会議室に溢れた拍手と同時に息を呑んだ。

奥さんのお腹には章吾さんの子がいるんだ……。

次々に「おめでとうございます!」と章吾さんを祝福する言葉が会議室に響く。拍手をしていないのは私と政樹と涼平くんだけだ。

章吾さんは照れて笑っている。奥さんの妊娠が心から嬉しそうだ。

政略結婚だったのにやることはやってるのね……。

ついこの間のクリスマスに私のことがまだ好きだと言っておきながら、奥さんと夫婦としてしっかり生活している。

最近妊娠が分かったのかな? 「お腹が大きくなる前に」ってことはまだお腹は目立たないんだよね。タイミング的にクリスマス前後に営んだんじゃないの?

嫌なことを考えてどんどん気持ちが沈んでいく。

「奏美」

章吾さんにとって私はただの部下で、ほんの一時遊びで付き合っただけだったんだよね……やばい、涙出そう……。

「奏美!」

強い声に顔を上げると政樹が私を見ている。

「な、何?」

「俺が頼んどいた卒業式の花の手配終わった?」

「え?」

「役所から来た依頼のやつ、お前に頼んだろ」

首を傾げた。政樹からそんな仕事振られていたっけ?

「今すぐやって」

急かされて気づいた。政樹は私を会議室から出そうとしている。
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