この恋が手遅れになる前に

スッと立ち上がると書類とペンケースをまとめる。政樹からの嘘の仕事をやるふりをすれば自然とこの場から逃げられる。

政樹の横を通るときに小さく「ありがとう」と呟いた。
章吾さんと目を合わせないよう早足で会議室から出た。その勢いのまま廊下を抜けて外階段への扉を開けた。
階段を駆け下りて半地下のスペースに来ると階段の下から3段目に座る。ここなら一人になれる。

章吾さんが結婚してしまった以上に奥さんの妊娠がショックだ。
まだ好きだよと言ってもらって、動揺したけど嫌じゃなかった。他の人と結婚した元カレは結婚相手に気持ちはないと知って悪い気がしなかった。その裏で奥さんとしっかり愛を育んでいる章吾さんに怒りすら湧く。

私は章吾さんに愛されなかった。結婚してもらえなかった。

「奏美さん!」

階段の上から降ってきた声に振り返ると涼平くんが焦った顔をして立っている。

「大丈夫ですか?」

そう言って階段を下りて私の横に並んで座った。
気遣ってくれる声に目に涙が滲む。

いるじゃない。私には追いかけてきてくれる涼平くんがいる。
惑わせるようなことを言わないで、真っ直ぐに好きだと言ってくれる純粋な人がそばにいてくれるじゃない。

甘えたいな。涼平くんにくっつきたい。

「涼平くん……ぎゅってして……」

ちゃんと言えた。甘えたいって素直に言葉にできた。
涼平くんは戸惑いながらも私の肩を抱いて引き寄せる。肩に頭を載せると、この子が年下だということを忘れてしまうくらいに安心する。

「今夜、涼平くんの部屋に行ってもいい?」

「俺の部屋……?」

「うん」

もっともっと涼平くんに甘えたい。くっついていたい。一晩中ずっと求めて求められたい。

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