この恋が手遅れになる前に

「何を……言ってるんですか?」

もう私たちは終わったのだ。終わらせたのは目の前に立つこの人なのに。

「奏美とやり直したい」

「奥様は?」

「…………」

「もうお腹にはお子さんもいるんですよ?」

「…………」

章吾さんは困った顔をするばかりで何も言わなくなった。章吾さんはいつまでもズルい。すぐに答えることをしないで私を試そうとする。

不意に章吾さんの体が近づく。油断している私に顔を近づける。
キスされる……。
そう思った瞬間横から伸びてきた手に口を塞がれた。

「んぐっ!」

体が引っ張られ、誰かの腕に包まれる。

「部長、これはセクハラですよ」

耳元で聞こえる涼平くんの声に驚いて口を塞がれたまま目線を上げた。けれど体が密着しすぎていて涼平くんの顔を見ることができない。私の腰は涼平くんの腕に支えられている。

私を助けてくれたの?

「今日の主役の君が店にいなくていいのかい?」

章吾さんの言葉に涼平くんは「政樹さんがまとめてくれていますので大丈夫です」と言った。

「政樹は昔から周りに取り入るのがうまいからね」

「さすが次期社長というだけあって、政樹さんは社員の信頼も厚いので」

この言葉に章吾さんの眉がぴくりと動いた。まだ政樹が社長になると決まったわけではないのに、涼平くんはわざと章吾さんを挑発しているようだ。

「君は政樹のお気に入りだけあって生意気だな」

「人によって態度を変えますので、生意気と言えば生意気でしょうね」

敵意を剥き出しにした涼平くんの声音に驚いて私の口を塞ぐ手を取った。

「涼平くん……」

腰に回る手も解くと涼平くんの顔を見る。すると不安そうな顔で私を見返す。

「奏美さん」

私にだけ聞こえる小さな声で名を囁く。

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