この恋が手遅れになる前に
「だから突然の出向ね……叔父さんも容赦ないな。さすが政樹の父といったところかな。その数人の社員ってのは政樹のお気に入りの子も含まれてる?」
これに政樹は答えない。章吾さんの予想は当たっているのだろう。問題視している社員は恐らく涼平くんや椎名さんあたりか。
「俺は章兄が会社を継いでくれてもいいと思ってた。でも社員を大事にできないのなら章兄に会社は任せられないよ。出向っていう形でも、もう戻って来れる保証はないと思って」
政樹が章吾さんに強気な態度を取るのを初めて見た。
「政樹もいつの間にか立派になったね」
「章兄の背中を見てたから」
いつだって政樹は章吾さんを敬ってた。章吾さんを悪く言うことは無かった。心から章吾さんを慕っていたのだろう。
「奥さんの会社で上り詰めればいい。そのつもりもあって結婚したんだろ? 婿入りは誤算だったんだろうけど」
章吾さんから目を逸らさない政樹は「章兄のプライドのために奏美を利用しないで」と言い放つ。
この言葉に章吾さんは悲しそうに笑う。
「政樹もあの子と同じことを言うんだな」
「どういうこと?」
私は二人の間に割って入った。
以前涼平くんも同じことを言った。章吾さんが私にこだわる理由とは何なのだ。
「章兄は本当は結婚したくなかったんだよ。でもそれは奏美を好きだからじゃない」
「政樹! やめろ!」
「婿入りが嫌だったんだ。社長に駒にされることもね。奏美をそばに置けば順調だったころの自分を思い返せるからだ」
「え?」
「政樹……やめてくれ……」
章吾さんは目を伏せて政樹を力なく制する。